最低賃金が上がっても利益を守る、AIで事務の時間を減らす方法
この記事では、最低賃金が上がり続ける中で、中小企業が利益を守るために、AIで事務の時間を減らす方法を説明します。一言でいうと、人の1時間の値段が上がるなら、その1時間でしかできない仕事に人の時間を寄せ、読む・打つ・書くといった事務の時間をAIで縮めて、同じ人数のまま回る会社にするという話です。その結果、人件費の上昇を値上げだけで吸収しなくて済み、人を減らさずに利益を守れます。
AIの価値は、人を減らすことではありません。値上がりした人の時間を、AIでも済む作業から、人にしかできない仕事へ移せることです。
最低賃金は2年で122円上がり、人の時間が値上がりしている
最低賃金の全国の加重平均は、2025年度に66円上がって1,121円になり、2026年度にはさらに56円上がって1,177円になりました。2年で122円の引き上げです。2026年度分は、10月1日から12月にかけて都道府県ごとに順に適用されます。
最低賃金の近くで人を雇っている会社にとって、これは人件費の直接の上昇です。最低賃金より上で払っている社員も、差を保つために一緒に上げることが多く、会社全体の人件費が押し上げられます。
自社への影響は、次の式で見当がつきます。
年の人件費の増え方 = 対象の人数 × 1人の月の労働時間 × 時給の上がり幅 × 12か月
仮に、パートやアルバイトが10人、1人月100時間、時給が56円上がるなら、月5.6万円、年67万円ほど人件費が増えます。2年分の122円で計算すると、年146万円ほどです。社会保険料の会社負担を入れると、さらに増えます。
人件費の上昇には、値上げより先に時間を減らす手を打つ
ここで、AIの話の前に、打てる手を整理しておきます。人件費が上がったとき、利益を守る方法は大きく3つです。
- 値上げする。 最も直接的ですが、取引先や客との関係で、上がった分をすべて値段に乗せられる会社は多くありません
- 人を減らす。 人件費は下がりますが、今いる人の負担が増え、残った人が辞めればかえって回らなくなります。人手不足の中で、一度減らした人を戻すのは簡単ではありません
- 同じ人数で回る時間を増やす。 1人あたりの仕事のうち、人でなくてもできる作業の時間を減らし、空いた時間を売上につながる仕事や、今まで手が回らなかった仕事に回します
AIが効くのは3つ目です。人の1時間の値段が上がるほど、その1時間をコピーや打ち込みや文面の調整に使うことの損が大きくなります。逆に言えば、事務の時間を減らす効果は、最低賃金が上がるたびに大きくなります。
事務の時間のうち、読む・打つ・書くはAIに任せられる
多くの会社の事務の仕事は、次の3つに分けられます。
| 種類 | 例 | AIに任せられるか |
|---|---|---|
| 読む | 届いたメールや書類を読んで要点をつかむ、資料から答えを探す | 任せられる。人は要点を確かめる |
| 打つ | 注文書・請求書・日報の内容を表やシステムに打ち込む | 読み取りは任せられる。人は見比べて確定する |
| 書く | 返事のメール、案内文、報告、社内の連絡 | 下書きは任せられる。人は直して送る |
| 判断する | 値段、納期、採用、例外の対応 | 任せない |
| 人と話す | 電話、来客、現場の調整 | 任せない |
AIに任せるのは、上の3つの「下ごしらえ」の部分です。判断と人と話す仕事は、人に残します。そして、空いた時間をこの2つに寄せます。
どの業務でどれだけ時間が浮くかは、これまでの記事で業務ごとに詳しく書いています。
- 注文書の打ち込み:FAX注文の入力ミスと手間をAIで減らす方法
- 問い合わせへの返事:メール返信をAIが自動で下書きし、問い合わせに当日中に返す方法
- 日報のまとめ:日報をAIで毎朝まとめ、社長が5分で現場の困りごとをつかむ方法
- 社長の事務:社長の仕事を週10時間減らすAIの使い方。事務から先に手放す
AIに任せる事務は、1週間の時間の記録から選ぶ
どこから始めるかは、勘ではなく、1週間の時間の記録で決めます。
- 事務を担当している人に、1週間、何に何分使ったかを30分単位で記録してもらう
- 記録をAIに渡し、「読む・打つ・書く・判断する・人と話す」に分けて、それぞれの合計時間を出してもらう
- 「読む・打つ・書く」の中で、時間が長く、毎週同じ形で繰り返している作業を3つ選ぶ
- その3つについて、AIでどこまで下ごしらえできるかを試す
記録を分けるのはAIに手伝わせても、何に時間を使っているかを書くのは本人です。本人が記録しやすいよう、「何をしたか」だけ書けばよい形にします。
AIへの頼み方と返ってくる仕分けは、こんな形になる
実際にどう頼み、何が返ってくるかを見本で示します。内容は架空です。
AIに渡す指示(見本):
次は、事務担当者の1週間の作業の記録です。作業を「読む」「打つ」「書く」「判断する」「人と話す」の5つに分け、種類ごとの合計時間を出してください。そのうえで、「読む・打つ・書く」の中から、毎週同じ形で繰り返していて時間が長い作業を3つ挙げ、AIに下ごしらえを任せるならどこまでかを1行ずつ書いてください。記録にない作業は書かないでください。 (1週間の記録を貼る)
返ってくる仕分け(見本):
種類ごとの合計(1週間) 読む 6時間/打つ 9時間/書く 5時間/判断する 3時間/人と話す 12時間 AIに下ごしらえを任せられる作業
- 注文書の受注表への打ち込み(週6時間):注文書を読み取って表に書き出すまでを任せ、人は見比べて確定する
- 問い合わせメールへの返事(週3時間):料金表とよくある質問から返事の下書きを作り、人は直して送る
- 取引先への月末の請求の案内(週2時間):取引先ごとの金額と期日を入れた案内文の下書きを作り、人は金額を確かめて送る
この見本の会社なら、事務担当者の週40時間のうち、20時間ほどが「読む・打つ・書く」です。その半分をAIで縮められれば、週10時間、月40時間ほどが、人と話す仕事や判断する仕事に回せます。
頼み方をスキルにし、数字と金額は人が確かめる点検を置く
事務をAIに任せ始めると、担当者ごとに頼み方がばらばらになり、出てくるものの質もばらつきます。会社として使うなら、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
会社の事務の決まりを Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。事務なら、「会社の文書の書き方」「取引先への連絡の口調」「受注表の項目」「使わない言い切り」を、良い見本と一緒にスキルにしておきます。担当者が休んでも、ほかの人が同じ質で事務を回せます。Anthropic 社の説明では、Claude のアプリ(Pro・Max・Team・Enterprise)などで使えます。
金額・日付・数量は、AIの外で確かめる。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。事務では、AIが書き出した金額・日付・数量を、元の書類や表と照らす決まりがそれに当たります。AIは、もっともらしい間違いを書くことがあります。お金に関わる数字だけは、どれだけ慣れても人が原本で確かめます。
経営への効果は、人件費が上がっても利益が残ること
効果の大きさは、2つの式で比べます。
AIで浮く金額 = 浮く時間 × 時給(社会保険料の会社負担を含む)
人件費の増え方 = 対象の人数 × 1人の月の労働時間 × 時給の上がり幅
仮に、事務担当者3人それぞれで月40時間の「読む・打つ・書く」のうち半分が縮むとすると、月60時間が浮きます。時給を社会保険料込みで1,500円と置けば、月9万円ほどです。前の章の、パート10人で時給56円の上昇なら月5.6万円の人件費増なので、事務の時間を減らすだけで、上昇分を上回る時間を生み出せる計算になります。
| 何もしない | 値上げだけ | AIで事務を縮める | |
|---|---|---|---|
| 人件費の上昇 | そのまま利益が減る | 値段に乗せられた分だけ守れる | 浮いた時間を売上につながる仕事に回す |
| 人の数 | 変わらないが負担は同じ | 変わらない | 変わらない。負担が減る |
| 取引先との関係 | 変わらない | 交渉が要る | 変わらない |
| 浮いた時間の使い道 | ない | ない | 営業、客への連絡、手が回らなかった仕事 |
大事なのは、浮いた時間の使い道を決めておくことです。浮いた時間がなんとなく消えれば、人件費が上がった分だけ利益が減るのは変わりません。浮いた時間で、営業の電話を増やす、既存の取引先への連絡を増やす、残業を減らすなど、使い道を先に決めます。
かかる費用は、法人向けのAIのプランが1人あたり月数千円です。注文書の読み取りや返事の下書きを自動で回す仕組みにする場合は、作る費用が加わります。費用の考え方はAI導入にいくらかかる?月数千円から試せて、元が取れるかも先に分かるにまとめています。
明日からは、事務担当者1人の1週間の記録から始める
- 事務担当者1人に、1週間、何に何分使ったかを30分単位で記録してもらう
- 会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランに記録を渡し、上の見本の指示で仕分けてもらう
- 時間の長い作業を1つ選び、次の1週間、その作業だけAIに下ごしらえさせる
- 1週間後に、その作業にかかった時間を前の週と比べる
- 浮いた時間を何に使ったかを、本人と一緒に書き出す
1つの作業で手応えがあれば、次の作業、次の担当者へと広げます。
人を減らす話から入らず、浮いた時間の使い道を先に伝える
- 人を減らすためだと受け取られないようにする。 事務の担当者が「自分の仕事がなくなる」と感じると、記録も試すことも進みません。最初に、浮いた時間で何をしてほしいかを伝えます
- 判断の仕事はAIに渡さない。 値段、納期、例外の対応は、人が決めます。AIが出すのは下ごしらえまでです
- お金の数字は原本で確かめる。 金額、日付、数量は、AIの結果をそのまま使いません
- 社外秘と個人情報の扱いを決めておく。 取引先の情報や社員の情報を扱うなら、会社の契約で使い、入れてよい情報を先に決めます。決め方は社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています
- 最低賃金の数字は、自社の地域の額で確かめる。 都道府県ごとに額と適用日が違います。厚生労働省や都道府県の労働局の発表で確かめてから計算します
まとめ
- 最低賃金が上がっても、事務の時間をAIで縮め、浮いた時間を売上につながる仕事に回せば、人を減らさずに利益を守れる
- 最低賃金の全国の加重平均は、2025年度に1,121円、2026年度に1,177円。2年で122円上がった。仮にパート10人・月100時間なら、時給56円の上昇で年67万円の人件費増
- 打てる手は、値上げ・人を減らす・同じ人数で回る時間を増やすの3つ。AIが効くのは3つ目
- 事務のうち、読む・打つ・書くの下ごしらえはAIに任せ、判断と人と話す仕事は人に残す
- 事務の決まりをスキルにまとめ、お金の数字は原本で確かめる点検を置く
- まずは事務担当者1人の1週間の記録から、AIに任せる作業を1つ選ぶ