車検のお客様をほかの工場に取られない。前回の整備に触れた案内をAIで出す仕組み
この記事で変わる経営指標
この記事では、自動車整備工場で、お客様の台帳から車検の満了日が近い車を計算で選び、前回の整備の記録に触れた案内をAIが一台ずつ下書きし、フロントが確かめて送る仕組みの作り方を説明します。一言でいうと、どこの工場からも同じように届く車検の案内を、「満了日は計算で、文面はAIで、送るのと電話するのはフロント」という形にして、3か月前・2か月前・1か月前の3回で予約までつなげるという話です。自動車整備工場全体でAIが効く業務は、整備士が足りなくても車を回す。整備工場の事務をAIに任せる方法にまとめています。この記事は、その中の「車検と点検の案内」を、実際に動く仕組みにする話です。
AIの価値は、案内の文をきれいに書くことではありません。前回その車を見た整備士の気づきを、2年後の案内の中でお客様に思い出してもらえることです。
今は車検の案内が、同じ文面のはがきと記憶に頼っている
多くの整備工場では、車検の案内について次のことが起きています。
- 満了日が近い車を、フロントが台帳や整備のソフトから探して、はがきか同じ文面のメッセージを送る
- 前回の整備で「タイヤの溝が少なめ」「ブレーキの残りが半分」と伝えたことは、整備の記録に残っていても、案内には書かれない
- 予約が来ない車に電話をかけたいが、どの車に電話したかが分からなくなる
- 年度末は車検が集中し、ピットが埋まって断ることもある
お客様の側から見ると、車検の時期には、ディーラー、カー用品店、車検専門の店、近くの工場から、似たような案内が届きます。その中で「この工場は、うちの車を覚えている」と思ってもらえるかどうかで、どこに予約するかが変わります。
ここで足りないのは、整備の腕ではありません。2年前の整備の記録を、案内を出すときに一台ずつ読み返す時間が、フロントにないのです。満了日を選ぶのは計算に、記録を読んで文に入れるのはAIに任せられます。
車検は2か月前から受けても有効期間が短くならない
仕組みを作る前に、案内の時期を決める車検の決まりを押さえておきます。
自家用の乗用車の車検の有効期間は、新車の登録から最初が3年、そのあとは2年ごとです(道路運送車両法第61条。SOMPOダイレクトとオフィスツリーの解説で確認)。
2025年4月1日から、車検は満了日の2か月前から受けても、残りの有効期間が短くならなくなりました。 それまでは1か月前からでした。国土交通省が道路運送車両法の施行規則を改正したもので、ECのミカタや JAF Mate Online が伝えています。目的は、年度末に車検が集中して予約が取りにくく、整備士も残業や休日出勤に追われている状態を和らげることだと説明されています。
整備工場にとっては、案内を早めに出し、2か月前から予約を受けられるということです。年度末に満了日がくる車に、1月や2月の空いている日をすすめれば、3月のピットの混雑を和らげながら、お客様も損をしません。この記事の仕組みは、この決まりに合わせて、3か月前・2か月前・1か月前の3回で案内します。
満了日は計算で選び、前回の記録に触れた文面はAIが書く
仕組みは4つの段でできています。
1. 台帳を整える(人)。 お客様の台帳に、お客様の名前、連絡先、車の名前、満了日、前回の整備で整備士が気づいたこと(ひと言のメモ)、案内の同意、案内を送った日、予約の有無を並べます。前回のメモは、整備の記録から整備士の言葉をそのまま写します。
2. 案内する車を計算で選ぶ(AIの外)。 毎週月曜に、今日から満了日までの日数を計算し、「3か月前の案内がまだの車」「2か月前の案内がまだで、予約もない車」「1か月前になって予約がない車」に分けます。満了日がほかの工場で更新されたと分かった車や、手放した車は除きます。この選び方は、AIに任せません。
3. AIが一台ずつ下書きする(AI)。 3か月前と2か月前の車について、前回のメモと車の名前を渡し、案内の文を下書きさせます。2か月前の案内には、予約表から空いている日を3つ差し込みます。満了日と空いている日は、AIに書かせず、台帳と予約表から差し込みます。
4. フロントが確かめて送り、電話する(人)。 フロントは下書きを読んで送ります。1か月前の一覧の車には電話をかけ、結果(予約した、ほかで受ける、手放した)を台帳に書き戻します。
AIへの指示の見本は次のとおりです(見本。内容は架空です)。
あなたは、この整備工場のフロントです。下のお客様に、車検の時期のご案内を150字ほどで書いてください。「前回の整備のメモ」に、お客様に伝わる言葉で一言触れてください。メモに無い不具合や、交換が必要だという判断は書かないでください。満了日は【満了日】、空いている日は【空き日】と書いておいてください。押しつけがましい言い方はせず、予約の方法で締めてください。
返ってくる下書き(見本):
〇〇様 いつもありがとうございます。お乗りの△△の車検の満了日が【満了日】に近づいてまいりました。前回の点検で、前のタイヤの溝が少なめになっているとお伝えしていました。車検の際に、あわせて状態を確かめます。2025年4月から、満了日の2か月前に車検を受けても期間は短くなりません。【空き日】のいずれかでご予約いただけましたら、このメッセージにご返信ください。
工場の言葉をスキルにし、満了日と同意はAIの外で確かめる
AIに下書きさせるだけなら、指示の見本で今日からでも試せます。毎週何十台も同じ質で出すには、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
案内の書き方を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、「予約の返事が多かった案内の見本」「部品の名前のお客様向けの言い換え」「3か月前・2か月前の案内の違い」「使ってはいけない言い方(『今すぐ交換しないと危険』のような、整備士が判断していない言い切り)」をスキルにします。
満了日と同意と送る相手は、AIの外で確かめる。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、満了日からの日数を計算で出すこと、満了日と空いている日を台帳と予約表から差し込むこと、案内の同意がない人を計算で除くこと、同じ車に1週間に2回送らないことがそれに当たります。満了日の取り違えは、お客様の車検切れにつながりかねません。日付だけは、AIの文をそのまま使いません。
メールやメッセージで案内を送るときは、広告や宣伝のメールの決まり(特定電子メール法)にも気を配ります。総務省と消費者庁の資料では、取引関係にある人への送信などを例外としつつ、原則はあらかじめ同意した人にだけ送れるとしています。車検や点検でお付き合いのあるお客様でも、案内を送ってよいかを台帳に記録し、送り主の名前と、受け取りを断る連絡先を末尾に入れておくと安心です。
フロントの仕事は、届いた下書きを確かめて送ることと電話になる
仕組みが動くと、仕事の分け方はこうなります。
| 今まで | 仕組みのあと | |
|---|---|---|
| 案内する車を探す | フロントが台帳から探す | 毎週月曜に、計算で3つに分けて出る |
| 案内の文 | 同じ文面のはがきかメッセージ | 前回の整備に触れた下書きが一台ずつ届く |
| 予約がない車への電話 | 誰に電話したか分からなくなる | 1か月前の一覧で電話し、結果を書き戻す |
| 年度末の混雑 | 3月にピットが埋まる | 3か月前から1月や2月の空き日をすすめる |
時間の目安は、前提を置いて計算します。仮に、月に50台の車が満了日を迎えるとします。今は1台ごとに、整備の記録を読み返すのに5分、案内を書くのに5分かけるとすると、月に約8時間です。実際には、この時間が取れずに同じ文面のはがきで済ませている工場が多いはずです。仕組みのあとは、3か月前と2か月前の2回分、100通の下書きを1通1分で確かめて、月に2時間弱です。
経営への効果は、車検で戻ってくるお客様が増えること
効果の中心は、車検のたびに自社に戻ってくるお客様の割合(戻り率)です。
新しいお客様を見つけるより、今のお客様を保つほうが安いことは、「1:5の法則」という経験則で知られています(NTT東日本の用語解説。2014年の Harvard Business Review の記事では、調査や業種によって5倍から25倍と紹介されています)。車検のお客様は、2年に一度、自社に戻ってくるかどうかが決まるお客様です。
効果の大きさは、次の式で考えます。
月に増える粗利 = 月に満了日を迎える車の数 × 戻り率の上がり幅 × 車検1台あたりの粗利
仮に、月に50台が満了日を迎え、戻り率が5ポイント上がり(たとえば70%から75%)、車検1台あたりの粗利が3万円とすると、月に2.5台、7万5,000円の粗利が増える計算です。車検のついでに頼まれる整備(タイヤやブレーキの交換)が増えれば、さらに大きくなります。戻り率がどれだけ上がるかは工場によって違うので、下の「見込み」で自社の数字を測ります。
費用の大半は作る費用で、AIの利用料は月100円ほど
作る順番と、かかる日数
- 台帳の形を整え、前回のメモと同意の欄を足す(社内:フロントと整備士、1日)。整備のソフトから満了日と連絡先を書き出し、前回の整備の記録から、整備士の気づきをひと言ずつ写します。ここがいちばん手間がかかり、いちばん効きます
- 予約表の空き日の書き出し方を決める(社内:フロント、半日)
- 案内する車を3つに分ける計算を作る(作る人、1人日)
- AIの下書きと、満了日と空き日と断りの連絡先の差し込みを作る(作る人、1.5人日)
- 1か月、実際の案内で試して直す(作る人、1人日)。フロントが直した言い回しを、スキルに足します
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計3.5人日です。整備のソフトから台帳を書き出せるかどうかで、日数は変わります。整備のソフトに案内の機能があれば、まずそれを使い、前回のメモに触れた文面だけをAIで補うのが早道です。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の工場での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 案内1通の下書きごとにかかる | 月100通で90円ほど(下の計算) |
| 台帳・保存場所 | すでに使っている表計算や整備のソフト | 追加0円の想定 |
| 保守 | 台帳の更新、スキルの見直し | 月1時間 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。1通あたり、前回のメモと車の情報とスキルを合わせて1,500トークンを読ませ、300トークンを書かせると見積もると、約0.006ドル、1ドル150円で約0.9円です。月100通で90円ほどです。
何か月で取り戻せるか
取り戻すまでの月数 = 作る費用 ÷(月に増える粗利 − 毎月の費用)
仮に作る費用が20万円、毎月の費用(利用料と保守の時間)が3,000円とすると、上の月7万5,000円の効果で、およそ3か月で取り戻す計算です。
必要な人は3役で、電話するのはフロントがする
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| メモを残す人 | 整備士 | 点検や整備のあと、気づいたことをひと言で記録に残す | 1台1分 |
| 送る人 | フロント | 下書きを確かめて送る。1か月前の一覧に電話し、結果を書き戻す | 1通1分、電話1件3分 |
| 作る人 | 社内の詳しい人か、外の作り手 | 台帳の形、選ぶ計算、AIの下書き、差し込みを作る | 最初の3.5人日 |
いちばん大事なのは、整備士のひと言のメモです。メモが無ければ、AIは前回の整備に触れられず、どこの工場からも届く案内と同じになります。整備士には、「次の車検の案内で、お客様にこの一言が届く」と伝えておくと、メモが続きやすくなります。
3か月で案内が回り、1年で戻り率の変化が分かる見込み
どこまでいけるかは、台帳の前回のメモと同意がどれだけそろうかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 最初の1か月 | 台帳を整え、翌月以降に満了日がくる車から案内を始める。フロントが下書きの半分ほどを直す |
| 3か月 | 3回の案内と電話が毎週回る。年度末に満了日がくる車に、早めの予約をすすめ始める |
| 1年 | 案内した車の戻り率を、仕組みの前の1年と比べられる。3月のピットの埋まり方が変わったかも分かる |
効果を確かめるには、次の3つを導入の前と後で比べます。
- 車検の戻り率:満了日を迎えた車のうち、自社で車検を受けた割合
- 案内から予約までの日数:早く予約が入るほど、ピットの段取りが組みやすくなります
- 3月の車検の台数と、断った件数:年度末の集中がどれだけ和らいだか
満了日をAIに読ませたり、自動で送ったりすると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 満了日をAIに読ませる。 車検証の写しや記録から、AIに満了日を読み取らせると、日付を取り違えることがあります。満了日は台帳の値から計算し、差し込みます
- 確かめずに自動で送る。 手放した車や、すでにほかで車検を受けた車に案内が届くと、お客様は「管理されていない」と感じます。送るのは、下書きを確かめたフロントです
- 整備士の判断をAIに足させる。 「交換しないと危険」のような言い切りをAIが足すと、整備士の判断ではない約束になります。メモに無い判断は書かせません
- 電話の結果を台帳に戻さない。 結果が戻らないと、同じお客様に何度も電話がかかり、戻り率も測れません
まとめ
- 満了日が近い車は計算で選び、前回の整備の記録に触れた案内をAIが一台ずつ下書きする。送るのと電話するのはフロント
- 2025年4月から、車検は満了日の2か月前に受けても有効期間が短くならない。3か月前・2か月前・1か月前の3回で案内し、年度末の車には早めの予約をすすめる
- 仮に月50台が満了日を迎え、戻り率が5ポイント上がれば、車検1台の粗利3万円で月7万5,000円の粗利が増える
- 費用の本体は作る費用(3.5人日)と、台帳に前回のメモと同意をそろえる手間。AIの利用料は月100通で90円ほど
- 満了日、空き日、同意はAIの外で確かめる。いちばん大事なのは、整備士が残すひと言のメモ