経営課題×AI

休眠客をAIで掘り起こし、新規営業より安く売上を取り戻す方法

この記事で変わる経営指標

この記事では、取引が止まってしまった過去のお客様、いわゆる休眠客を、AIを使って掘り起こす方法を説明します。一言でいうと、売上の記録に埋もれている「前は買ってくれていた会社」をAIに洗い出させ、一社ごとに前回の取引に触れた声かけを用意して、新しいお客様を探すより安く売上を取り戻すという話です。その結果、広告や飛び込み営業を増やさずに注文が戻り、営業費をかけない分だけ利益が残ります。

AIの価値は、声かけのメールを大量に送ることではありません。誰が止まっていて、前に何を買い、何を話していたかという、担当者の記憶にしかなかったつながりを、台帳から掘り出して一社ずつの言葉にしてくれることです。

休眠客は台帳に眠ったまま、誰も声をかけていない

どの会社の取引先の一覧にも、2年前までは毎年注文をくれていたのに、いつの間にか止まっている会社があります。社長も営業も、なんとなく気にはなっています。それでも声をかけないまま時間がたつのには、理由があります。

  • 誰が止まっているか、すぐには分からない。 売上の表を取引先ごと・月ごとに並べ直し、最後の注文がいつかを1社ずつ見ないと、止まった会社の一覧ができません
  • 止まった理由が分からない。 担当者が辞めたのか、他社に移ったのか、単に必要がなくなったのか。理由が分からないと、何と声をかけていいか決められません
  • 気まずい。 久しぶりの連絡は、売り込みに見えないか、何か不満があったのではないかと考えて、後回しになります
  • 一社ずつ文面を考える時間がない。 前回の注文や当時のやり取りを調べて書くと、1社15分ほどかかります。30社なら7時間半です

結果として、目の前の注文と新しいお客様探しに時間が使われ、休眠客は台帳に眠ったままになります。

新しい客を探すより、休眠客に声をかけるほうが安い

ここで、AIの話の前に、お金の話をしておきます。人手が限られているなら、新しいお客様を探す営業に時間を回したほうがいいのでは、と考える社長もいるはずです。

マーケティングでは「1:5の法則」がよく知られています。新しいお客様を1社獲得するには、今のお客様を1社保つ5倍のコストがかかるという経験則で、Bain & Company のフレデリック・ライクヘルド氏が示したものとされます。2014年の Harvard Business Review の記事は、調査や業種によって5倍から25倍と幅があると紹介しています。

休眠客は、この「今のお客様」と「新しいお客様」の間にいます。取引は止まっていますが、新しいお客様と違って、次のものがすでにそろっています。

  • 御社の名前と、何を扱っている会社かを知っている
  • 一度は見積を比べ、御社を選んで注文した
  • 担当者の名前、届け先、支払いの条件が台帳に残っている

新しいお客様を見つけ、知ってもらい、信頼してもらうまでの費用の多くが、休眠客にはかかりません。必要なのは、止まった会社を見つけて、失礼のない形で声をかけることだけです。問題は、前の章のとおり、その手間に人の時間が足りなかったことでした。ここをAIが埋めます。

AIは売上の記録から、止まった会社と止まった時期を洗い出せる

1つ目の使い方は、名簿づくりです。

  • AIに渡すもの:取引先ごと・月ごとの売上の表(会計ソフトや販売管理のソフトから書き出したもの)。2〜3年分あると、止まり方が分かります
  • 返ってくるもの:「以前は年に何回か注文があったのに、最後の注文から1年以上たっている会社」の一覧。最後の注文日、それまでの年間の取引額、よく買っていた品目つき
  • 人がすること:一覧を見て、倒産・合併・取引をやめると決めた会社など、声をかけない会社を外す
休眠客を掘り起こす流れ。売上の表からAIが止まった会社を洗い出し、一社ごとに前回の取引に触れた文面を作る。台帳との照らし合わせの点検を通った文面を、人が確かめて一言足して送る
休眠客を掘り起こす流れ。売上の表からAIが止まった会社を洗い出し、一社ごとに前回の取引に触れた文面を作る。台帳との照らし合わせの点検を通った文面を、人が確かめて一言足して送る

表計算の操作に慣れた人なら、並べ替えと関数で同じ一覧を作れます。ただ、多くの会社でその作業をする人がいません。AIには「どの条件で止まったとみなすか」を言葉で伝えるだけで済みます。

取引額の大きい順や、止まってからの期間が短い順に並べさせると、声をかける順番も決まります。止まって1〜2年の会社ほど、担当者が替わっておらず、御社を覚えている可能性が高いからです。

AIは前回の取引に触れた、一社ごとの声かけの文面を作れる

2つ目の使い方は、声かけの文面づくりです。

  • AIに渡すもの:その会社の最後の注文の内容、よく買っていた品目、担当者のメモ(あれば)、今回伝えたいこと(新しい商品、値段の改定、季節の案内など)
  • 返ってくるもの:前回の取引へのお礼から入り、近況を伺い、困りごとがあれば相談してほしいと伝える、5行ほどの文面
  • 人がすること:注文の内容や日付が台帳と合っているかを確かめ、覚えていることを一言足して送る

休眠客への連絡で大事なのは、売り込みから入らないことです。「その節はありがとうございました」「その後お変わりありませんか」から入り、相手が返事をしやすい形にします。AIは、この丁寧な書き出しを、一社ずつ前回の取引に合わせて書くのが得意です。

AIは返事が来た会社に、何を提案するかの下準備をそろえる

3つ目の使い方は、返事が来たあとの準備です。

声かけに返事が来たら、次は電話か訪問です。そのときに、過去の注文の一覧、当時の見積、今の商品で置き換えられるもの、前回からの値段の変化をAIにまとめさせておくと、営業の準備が15分ほどで済みます。

止まった理由を聞けたら、それもメモに残します。「担当者が替わって、引き継ぎで御社の名前が漏れていた」「値段で他社に移った」「品質で不満があった」。理由が分かれば、次に何をすればいいかが決まりますし、ほかの休眠客への声かけの仕方も変わります。

AIへの頼み方と返ってくる文面は、こんな形になる

実際にどう頼み、何が返ってくるかを見本で示します。会社名と内容は架空です。

AIに渡す指示(見本):

次のお客様に、久しぶりにご連絡するメールの下書きを書いてください。前回のお取引へのお礼から入り、近況を伺い、困っていることがあれば相談してほしいと伝える内容にしてください。売り込みはせず、新商品の案内は最後に1行だけ。5行以内、丁寧だが堅すぎない文面で。 お客様:株式会社サンプル食品 購買部 田中様 最後の注文:2025年3月、業務用の保存容器(500ml)を2,000個 それまで:2022〜2024年は、毎年春と秋に同じ容器を注文いただいていた 担当者のメモ:新しい工場を建てる話があった 今回伝えたいこと:同じ容器の、より軽い新しい型が出た

返ってくる下書き(見本):

株式会社サンプル食品 田中様 ご無沙汰しております。2025年の春まで、保存容器を毎年ご注文いただき、ありがとうございました。 その後、お変わりなくお過ごしでしょうか。新しい工場のお話を伺っておりましたので、その後の様子も気にかけておりました。 容器や包材のことで何かお困りのことがあれば、いつでもお声がけいただければ幸いです。 なお、以前お使いいただいた500mlの容器に、より軽い新しい型が加わりましたので、ご参考までにお知らせいたします。

担当者がするのは、最後の注文の時期と品目が台帳と合っているかを確かめ、覚えていることを一言足すことだけです。白紙から書く15分が、確かめる3分ほどになります。

頼み方をスキルにし、送る前の点検を仕組みにすると質がそろう

ここまでの見本は、1社ずつ頼んだ場合です。30社、50社と続けるなら、もう一段の工夫で、文面の質を担当者や日によってぶれさせないようにします。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。

頼み方を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。休眠客への声かけなら、「お礼から入る」「売り込みは最後の1行まで」「使わない言葉」に加えて、実際に返事が来た文面を2〜3本、見本として入れておきます。誰が頼んでも、御社らしい丁寧さの文面になります。Anthropic 社の説明では、Claude のアプリ(Pro・Max・Team・Enterprise)や、システム同士をつなぐ口からの利用で使えます。

送る前の点検を、AIの外に置く。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。休眠客への声かけでは、次の点検をAIとは別の決まりで自動にかけます。

  • 文面の中の最後の注文の時期と品目が、売上の表と合っているか
  • 連絡を断られた会社や、取引をやめると決めた会社の一覧に入っていないか
  • 同じ会社に、ここ数か月のうちに同じような連絡をしていないか

AIは、もっともらしい間違いを書くことがあります。違う品目に触れた「お久しぶりです」は、送らないほうがましです。点検に引っかかった文面は送らずに担当者に戻し、引っかかった理由を指示文や見本に書き足して、同じ間違いが二度起きないようにします。

経営への効果は、新規営業より安く売上を取り戻せること

効果の大きさは、次の式で考えられます。

取り戻せる売上 = 声をかけた休眠客の数 × 再び注文してくれる割合 × 1社あたりの年間の取引額

仮に、過去2〜3年に取引があり、ここ1年止まっている会社が30社あるとします。声をかけて10社に1社が注文を再開し、1社あたりの年間の取引額が50万円なら、年に150万円の売上が戻ります。再開してくれる割合は会社や業種でまったく違うので、まず10社で試して、自社の数字をつかんでください。

この150万円にかかる費用は、次のとおりです。

  • AIの利用料:2〜3年分の売上の表を読ませて一覧を作るのに20円台、30社分の文面で30円ほど(2026年10月時点の Claude の公式料金、1ドル150円で計算)
  • 担当者の時間:一覧の確認に1時間、30社の文面の確認に1時間半ほど

同じ150万円を新しいお客様で埋めようとすると、見込み客の名簿、広告、展示会、訪問と、1:5の法則のとおり何倍もの費用と時間がかかります。休眠客は、すでに一度は御社を選んだ会社です。そこに声をかけないのは、手が回らなかっただけで、売上を取り戻す道としてはいちばん安い部類に入ります。

人の手だけ AIを使う
止まった会社の一覧 作る人がおらず、ないまま 売上の表から数分で出る
1社への声かけの文面 調べて書いて15分ほど 下書きを確かめて3分ほど
声をかけられる数 社長が思い出した数社 一覧にある全社
経営への効果 気づかないうちに売上が細る 新しいお客様を探すより安く、売上が戻る

すぐに効果が出にくい条件もあります。品質や対応への不満で離れた会社は、声をかけても戻りにくく、まずは不満を聞くところから始める必要があります。取引先がもともと数社しかない会社では、AIを使わなくても社長が電話したほうが早いでしょう。

明日からは、売上の表から止まった会社を10社選ぶ

いきなり全社に声をかける必要はありません。まずは1時間で、次のように試してください。

  1. 会計ソフトや販売管理のソフトから、取引先ごと・月ごとの売上を2〜3年分、表に書き出す
  2. 会社で契約した、入力を学習に使わないAIのプランに表を渡し、「以前は年に何回か注文があったのに、最後の注文から1年以上たっている会社を、取引額の大きい順に並べて」と頼む
  3. 一覧から、声をかけてよい会社を10社選ぶ
  4. 上の見本の指示を使い、1社ずつ文面の下書きを作る。注文の時期と品目を台帳と見比べ、一言足して送る
  5. 1か月後に、返事と再注文が何件あったかを数える

効果は、半年ごとに次の3つを見ると分かります。

測る数字 見方
声をかけた会社のうち、返事が来た割合 低ければ、文面か声をかける順番を見直す
注文を再開した会社の数と取引額 取り戻せた売上そのもの
新たに止まった会社の数 減っていれば、止まる前に気づけている

本格的にやるなら、止まりかけた会社を毎月知らせる仕組みにする

休眠客の掘り起こしで手応えがあれば、次は止まる前に気づく仕組みにします。毎月の売上の表をAIに読ませ、「いつもなら注文が来ている時期なのに来ていない会社」を、担当者に知らせるようにします。止まって1年たってからより、2〜3か月の遅れのうちに声をかけるほうが、相手の担当者も事情もまだ変わっていないことが多いからです。

今いるお客様全員に、こまめに声をかけ続ける方法は、既存顧客の満足度をAIで2倍に上げる方法で説明しています。仕組みにするときの費用の考え方は、AI導入にいくらかかる?月数千円から試せて、元が取れるかも先に分かるにまとめています。

止まった理由が不満なら、売り込みより先にお詫びと聞き取りをする

休眠客への声かけは、相手の気持ちに触れる連絡です。次のことを守ってください。

  • 不満で離れた会社には、売り込みの文面を送らない。 担当者のメモやクレームの記録があれば、AIに渡す前に人が分け、お詫びと話を伺う連絡にします
  • 注文の時期や品目は、必ず人が確かめる。 違う品目に触れた連絡は、「覚えていない会社」という印象を強めます
  • 連絡を断られた会社には送らない。 断られた会社の一覧を作り、点検の仕組みで必ず止めます
  • お客様の情報の扱いを決めておく。 売上の表や担当者の名前は、会社で契約した、入力を学習に使わないプランで扱います。社内のルールは社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています
  • 全社に同じ文面を送らない。 一斉送信の案内は、休眠客には売り込みにしか見えません。一社ずつ前回の取引に触れることが、この方法の中身です

まとめ

  • 休眠客をAIで掘り起こすと、新しいお客様を探すより安く売上を取り戻せる。広告や飛び込み営業を増やさない分、利益が残る
  • 休眠客が眠ったままなのは、誰が止まっているかの一覧を作る人と、一社ずつ文面を考える時間がなかったから
  • 新しいお客様の獲得は、今のお客様を保つ5倍のコストがかかると言われる(1:5の法則)。一度御社を選んだ休眠客は、その費用の多くがかからない
  • AIは売上の表から止まった会社を洗い出し、前回の取引に触れた一社ごとの文面を作り、返事が来た会社への提案の下準備もそろえる
  • 頼み方をスキルにまとめ、注文の時期や断られた会社の一覧との照らし合わせをAIの外の点検にすると、文面の質がそろい、失礼な連絡を防げる
  • 仮に30社に声をかけ、10社に1社が年50万円の取引を再開すれば、年150万円。AIの利用料は数十円
  • まずは売上の表から10社を選び、1時間で試す

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