取引先の注文が止まる前に気づく。毎月の売上からAIが知らせる仕組み
この記事では、取引先ごとの「いつもの注文の間隔」を売上の記録から出し、いつもより遅れている会社を毎月一覧にして、AIが声かけの下書きを添えて営業に知らせる仕組みを、組み方・費用・必要な人・結果の見込みまで説明します。一言でいうと、取引が止まって1年たってから休眠客として掘り起こすのではなく、注文が2〜3か月遅れた段階で気づいて声をかけ、止まる前につなぎ止めるという話です。その結果、新しいお客様を探すより安く売上を守れ、休眠客になる会社そのものが減ります。休眠客を掘り起こす全体の考え方は、休眠客をAIで掘り起こし、新規営業より安く売上を取り戻す方法で説明しています。
AIの価値は、遅れている会社を見つけることではありません。見つけるのは決まった計算でできます。一覧の1社ずつに「前回何を買い、担当者が何を話していたか」を添えて、営業がすぐ電話できる状態にすることです。
今は注文が止まったことに、誰も気づかないまま1年たつ
この記事は、ある想定の会社で話を通します。取引先が約200社ある卸売の会社で、営業は3人。取引先ごとの注文の頻度はばらばらで、毎月注文する会社もあれば、季節ごとに注文する会社もあるとします。数字はすべてこの想定の値なので、御社の取引先の数に置き換えて読んでください。
今は、注文が止まりかけていることに、次のようにしか気づけません。
- 担当の営業が、なんとなく気づく。 「最近あそこから注文が来ないな」と思っても、忙しいと後回しになります
- 担当が替わると、誰も気づかない。 前の担当が覚えていた注文の周期は、引き継がれません
- 決算のときに、売上の減った会社として見つかる。 そのときには、止まってから半年以上たっています
200社の注文の周期を、3人の営業が頭の中で追い続けるのは無理があります。結果として、注文が止まった会社の多くは、誰にも声をかけられないまま休眠客になります。
止まって1年より、遅れて2〜3か月で声をかけるほうが戻る
ここで、AIの話の前に、なぜ早く気づくことが経営に効くのかを確かめておきます。
マーケティングでは「1:5の法則」が知られています。新しいお客様を1社獲得するには、今のお客様を1社保つ5倍のコストがかかるという経験則で、2014年の Harvard Business Review の記事は、調査や業種によって5倍から25倍と幅があると紹介しています。今の取引先を失わずにいることは、新しい取引先を探すより、ずっと安く売上を守る方法です。
そのうえで、声をかけるのは早いほど有利です。
- 相手の担当者が替わっていない。 止まって1年たつと、相手の担当者が異動していることがあります。2〜3か月なら、前回話した人にそのまま連絡できます
- 理由が小さいうちに聞ける。 「たまたま在庫があった」「予算の時期がずれた」なら、声をかけるだけで戻ります。「他社に替えた」なら、替えたばかりのうちに理由を聞けば、条件次第で戻る道があります
- 相手から見て、気にかけてもらえている。 注文が少し途切れただけで連絡が来る会社と、1年たってから「お久しぶりです」と来る会社では、相手の受け取り方が違います
遅れの判定は決まった計算でし、AIは声かけの準備をする
1. 集める:取引先ごとの注文の記録を、毎月表にする。 会計ソフトや販売管理のソフトから、取引先ごと・注文ごとの日付と金額と品目を書き出します。2〜3年分あると、注文の周期が分かります。月に一度、新しい月の分を足します。
2. 計算する:いつもの間隔と、遅れを決まった式で出す。 取引先ごとに、過去の注文と注文の間の日数から「いつもの間隔」を出します(間の日数を並べて真ん中の値を使うと、たまたまの長い空きに引っぱられません)。最後の注文からの日数が、いつもの間隔の1.5倍を超えた会社を「遅れている」とします。年に1回しか注文がない会社や、取引が3回未満の会社は、間隔が出せないので外します。ここにAIは使いません。
3. 準備する:AIが、1社ずつ声かけの材料と下書きを作る。 遅れている会社ごとに、最近の注文の品目と金額、担当者のメモ(あれば)をAIに渡し、「前回の取引の要点」「遅れの理由として考えられること」「電話で最初に話すこと」「メールで送る場合の下書き」を作ってもらいます。
4. 知らせる:毎月の初めに、担当の営業ごとに一覧を送る。 遅れている会社を、担当の営業ごとに、年間の取引額の大きい順に並べて送ります。1社ごとに、AIが作った材料と下書きが付いています。
5. 連絡する:営業が確かめて、電話かメールで声をかける。 営業は材料を読み、台帳と食い違いがないか確かめてから連絡します。連絡した結果(注文が来た、理由が分かった、他社に替えた)を一覧に書き戻します。
この流れで大事なのは、「遅れている」の判定をAIにさせないことです。判定は決まった計算でし、AIは見つかった会社への声かけの準備だけをします。判定まで任せると、なぜその会社が選ばれたのかが説明できなくなります。
AIへの指示の要点(見本。内容は架空です):
次の取引先は、いつもなら注文が来ている時期を過ぎても注文がありません。添付の最近の注文の記録と担当者のメモをもとに、①前回の取引の要点(日付・品目・金額)、②遅れの理由として考えられること(記録とメモにあることだけ。推測なら「推測」と書く)、③電話で最初に話すこと(2文)、④メールで送る場合の下書き(200字以内)を書いてください。売り込みの言葉は使わず、前回の取引のお礼と、困っていることがないかを尋ねる形にしてください。メモに不満やクレームの記録があれば、④は書かずに「担当者が直接連絡」とだけ書いてください。
声かけの決まりをスキルにし、送ってはいけない会社は計算で止める
AIに声かけの下書きを作らせるだけなら、今日からでもできます。毎月、営業3人が同じ質で使うには、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「仕組みにする」の差です。
声かけの決まりを Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、「会社として使う言葉と使わない言葉」「季節ごとに注文する業種への声かけのしかた」「営業が実際に送って返事が来た文面の見本」をスキルにしておきます。誰が担当でも、同じ質の材料が届きます。
送ってはいけない会社は、AIの外の決まりで止める。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。この仕組みでは、「連絡を断られた会社」「取引をやめると決めた会社」「支払いが遅れている会社」の一覧と照らし、当てはまる会社を一覧から外すことがそれに当たります。AIに「この会社には送らないで」と頼むのではなく、計算の段階で外します。下書きに書かれた日付・品目・金額も、台帳の値と照らして、違えば印を付けます。
営業は毎月の初めに、担当の会社の一覧を見て電話する
想定の会社の、ある月の流れです。
- 1日の朝 前の月の注文の記録が、自動で表に足される
- 1日の朝 決まった式で、200社のいつもの間隔と遅れを計算する。今月は14社が「遅れている」。うち2社は、連絡を断られた会社の一覧に入っていたので外れ、12社が残る
- 1日の朝 AIが12社分の材料と下書きを作る。1社は、メモにクレームの記録があったので「担当者が直接連絡」とだけ書かれる
- 1日の午前 担当の営業3人に、それぞれ4社前後の一覧が届く
- 1〜5日 営業が、取引額の大きい順に電話する。A社は「在庫が余っていたので来月まとめて注文する」、B社は「担当が替わった」と分かり、新しい担当者にあいさつに行く約束をする。C社は「他社に替えた」と分かり、理由を聞いて社長に伝える
- 5日の夕方 営業が、連絡した結果を一覧に書き戻す。翌月の一覧では、A社はまだ「遅れている」に出るが、「来月注文予定」の書き込みが付いて表示される
営業が使う時間は、1社あたり材料を読んで電話する15分ほど、月に1時間ほどです。止まりかけた会社を探す時間は、ゼロになります。
経営への効果は、休眠客になる会社が減り、売上が守られること
| 経営効果 | 何が変わるか | 利益へのつながり |
|---|---|---|
| 売上が上がる | 注文が止まりかけた会社に、2〜3か月のうちに声がかかる | 止まる前につなぎ止め、売上が細るのを防ぐ |
| 利益が増える | 新しいお客様を探すより安く、売上を守れる | 営業の時間と費用を増やさずに済む |
効果の大きさは、次の式で考えます。
守れる売上 = 毎月の遅れている会社の数 × 声をかけて注文が戻る割合 × 1回の注文の平均額
仮に、毎月12社が遅れていて、声をかけて2割の会社から注文が来て、1回の注文が平均20万円なら、月に50万円ほどの注文です。ただし、この中には声をかけなくても注文が来た会社も入っています。本当の効果は、仕組みを入れる前の1年と入れた後の1年で、「止まって1年以上たった会社の数」と「その会社の前年の取引額の合計」を比べて確かめます。
| 人の手だけ | この仕組み | |
|---|---|---|
| 止まりかけに気づく時点 | 決算のとき、または担当者がなんとなく | 毎月の初め、2〜3か月の遅れで |
| 声をかけられる会社 | 担当者が思い出した会社 | 遅れている会社すべて |
| 声かけの準備 | 過去の記録を探して15分ほど | 材料と下書きが付いて届く |
| 担当が替わったとき | 周期が引き継がれない | 記録から計算するので変わらない |
逆に、取引先が数十社で、社長が全社の注文の周期を把握している会社なら、この仕組みは要りません。毎月の売上の表を社長が見るだけで十分です。目安として、取引先が100社を超えて、営業が複数いる会社から、仕組みにする価値が出てきます。
費用の大半は作る費用で、AIの利用料は月数十円
作る順番と、かかる日数
- 注文の記録を書き出し、取引先の名前をそろえる(社内:営業事務か経理、1日)。同じ会社が「〇〇(株)」と「株式会社〇〇」に分かれていると、間隔が正しく出ません。ここがいちばん手間がかかります
- 送ってはいけない会社の一覧を作る(社内:社長と営業、1時間)
- 間隔と遅れの計算を作る(作る人、1〜2人日)。過去の記録で計算し、営業に「この会社は本当に遅れているか」を確かめてもらい、1.5倍という基準を自社に合わせて直します
- AIの材料と下書き、営業ごとの一覧の送付を作る(作る人、2〜3人日)
- 2か月、営業に使ってもらって直す(作る人、1〜2人日)。営業が「この材料は役に立たない」と言った点を、スキルに書き足します
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計4〜7人日です。販売管理のソフトから記録を自動で書き出せるかどうかで日数は変わります。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の会社での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 遅れている会社1社の材料と下書きごとにかかる | 月15社で30円ほど(下の計算) |
| 表計算・保存場所 | すでに使っている表計算 | 追加0円の想定 |
| 保守 | 送ってはいけない会社の一覧の更新、取引先の名前の整理 | 月1時間 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万単位あたり2ドル、書かせる量100万単位あたり10ドルです。1社あたり、注文の記録とメモと指示を合わせて3,000、書かせる材料と下書きを600と見積もると、約0.012ドル、1ドル150円で約2円です。月15社で30円ほどです。遅れの判定は表計算の式でするので、AIの利用料はかかりません。
つまり、費用の本体は作る費用と、取引先の名前をそろえる最初の手間です。
何か月で取り戻せるか
この仕組みは、時間が浮くことより、売上が守られることで元を取ります。仮に作る費用が35万円で、1年に1社でも、年間の取引額が100万円の取引先が止まらずに済めば、1年目で取り戻す計算です。
必要な人は3役で、連絡するかどうかは営業が決める
| 役割 | 社内の誰か | やること | 時間の目安 |
|---|---|---|---|
| 決まりの持ち主 | 社長か営業の責任者 | 遅れの基準、送ってはいけない会社の一覧を決めて守る。他社に替えた理由を聞いて手を打つ | 最初に半日、そのあと月30分 |
| 連絡する人 | 担当の営業 | 一覧を見て、材料を確かめ、連絡する。結果を書き戻す | 1社15分ほど、1人月1時間ほど |
| 作る人 | 表計算の自動処理を書ける社員、または外の会社 | 計算と、AIの材料づくりと、一覧の送付を作る | 最初に4〜7人日、そのあと月1時間 |
外に頼む場合は、「作る人」の役だけを頼みます。遅れの基準を決めることと、連絡するかどうかを決めることは、社内に残します。 取引先との関係を知っているのは、担当の営業だけです。
「他社に替えた」と分かった会社の理由は、社長が必ず見ます。値段なのか、品質なのか、対応なのか。同じ理由で離れる会社が続くなら、それは営業の問題ではなく、会社として直すことです。
3か月で毎月の連絡が習慣になり、半年で休眠客が減る見込み
ここからは見込みです。取引先の注文の周期と、営業が一覧を使う習慣で変わります。
1か月目:一覧の中身を直す期間。 最初は、季節ごとに注文する会社が「遅れている」に出たり、実は取引をやめた会社が出たりします。営業の声を聞いて、基準と外す会社の一覧を直します。
3か月目:毎月の連絡が習慣になる。 一覧が営業の実感と合ってきて、月の初めに一覧を見て電話する流れが定着します。連絡の結果が書き戻されるので、どの会社がなぜ遅れていたかがたまります。
半年後:休眠客になる会社が減り、離れる理由が見える。 早く声をかけたことで止まらずに済んだ会社が出てきます。同時に、「他社に替えた」理由が半年分たまるので、値段や対応など、会社として直すべきことが見えてきます。
うまくいっていない兆し。 3か月たっても営業が一覧を開かないなら、一覧が長すぎるか、材料が役に立っていない可能性があります。一覧を取引額の上位10社にしぼる、材料に営業が欲しい情報(前回の値引きの有無など)を足す、で直します。
見込みどおりかは、始める前に測った数字で確かめる
| 測る数字 | 測り方 | 導入後に期待する変化 |
|---|---|---|
| 1年以上注文のない取引先の数 | 毎年同じ時期に数える | 減る |
| その取引先の前年の取引額の合計 | 止まった会社が前の年にいくら買っていたか | 減る(失った売上が小さくなる) |
| 遅れている会社に連絡した割合 | 一覧のうち、結果が書き戻された会社の数 | 8割以上 |
一斉送信にしたり、不満のある会社に売り込んだりすると失敗する
- 下書きをそのまま一斉送信する。 この仕組みの価値は、1社ずつ前回の取引に触れた連絡をすることです。確かめずに一斉に送ると、売り込みのメールにしか見えません
- 不満で離れかけた会社に売り込む。 メモにクレームの記録がある会社は、AIに下書きを作らせず、担当者が直接、お詫びと話を伺う連絡をします
- 遅れの判定をAIに任せる。 判定は決まった計算でします。そうすれば、なぜその会社が一覧に出たのかを、いつでも説明できます
- 取引先の名前をそろえずに始める。 同じ会社が2つに分かれていると、どちらも「遅れている」になったり、遅れに気づけなかったりします。最初に名前をそろえます
- 取引先の情報をAIに渡すことへの不安。 注文の記録や担当者のメモは社外秘です。会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランで扱い、社内ルールにその旨を書いておきます
まとめ
- 経営への効果は、注文が止まりかけた取引先に2〜3か月のうちに声をかけ、休眠客になる前につなぎ止めること(売上)。新しいお客様を探すより安く売上を守れる(利益)
- 新しいお客様の獲得には、今のお客様を保つ5倍のコストがかかるという経験則がある。止まって1年たつより、遅れのうちに声をかけるほうが戻りやすい
- 取引先ごとのいつもの注文の間隔を決まった計算で出し、1.5倍を超えて遅れている会社を毎月一覧にする。AIは、1社ずつ前回の取引の要点と声かけの下書きを作る
- 声かけの決まりはスキルにまとめ、送ってはいけない会社は計算の段階で外す。連絡するかどうかは営業が決める
- 費用の本体は作る費用(目安4〜7人日)と取引先の名前をそろえる手間。AIの利用料は月15社で30円ほど
- 1か月目は基準を直す期間、3か月目から毎月の連絡が習慣になり、半年後には休眠客が減って離れる理由が見える見込み。取引先が100社を超えて営業が複数いる会社から検討の価値が出る