業務への組み込み例

取引先40社の値上げ資料を1週間でそろえる。単価表からAIで作る仕組み

この記事で変わる経営指標

この記事では、取引先ごとの品目・単価・数量の表と、自社の原価の推移と公表資料から、取引先ごとの値上げの説明資料と依頼文と想定問答をAIで下書きする仕組みを、組み方・費用・必要な人・結果の見込みまで説明します。一言でいうと、大口の数社にしか作れなかった値上げの資料を、単価表から全取引先分そろえ、社長は希望の単価を決めることと、取引先と話すことに時間を使うという話です。その結果、値上げをお願いできる取引先が増え、上がったコストを値段に乗せられる範囲が広がります。値上げの交渉の全体の考え方は、取引先に値上げを受け入れてもらう方法。根拠の資料をAIで作るで説明しています。

AIの価値は、値上げの幅を決めることではありません。値上げの幅と影響額は、決まった計算で出せます。取引先ごとに、相手の品目に合わせた説明の文章と、断られたときの答えを用意する手間を引き取ることです。

今は大口の5社分しか資料が作れず、残りは据え置きになっている

この記事は、ある想定の会社で話を通します。取引先が約40社ある部品加工の会社で、品目は全部で約300、年の売上は2億円。値上げの交渉は社長が自分でしていて、資料は社長が表計算と文書のソフトで作っているとします。数字はすべてこの想定の値なので、御社の取引先の数に置き換えて読んでください。

今の値上げの準備は、次の流れです。

  1. 経理に、主な材料の仕入れ単価と人件費の推移を出してもらう
  2. 取引先ごとに、品目と今の単価と数量を販売管理のソフトから書き出す
  3. 品目ごとに、どれだけ上げたいかを考えて、表にする
  4. 説明の文章と依頼の文面を書く
  5. 取引先に協議をお願いし、会って説明する

1社分の資料を作るのに半日かかるとすると、40社で20日です。社長にそんな時間はないので、資料を作れるのは売上の大きい5社ほど。残りの35社は、資料なしで口頭でお願いするか、据え置きのままになります。

値上げの分は利益に直結し、根拠は公表資料でよい

ここで、AIの話の前に、なぜ全取引先に資料をそろえることが経営に効くのかを確かめておきます。

経済産業省・中小企業庁が2026年6月に公表した調査では、価格の交渉が行われた割合は90.7%でしたが、コストの上昇分を値段に乗せられた割合(価格転嫁率)は54.2%、労務費に限ると50.0%でした。交渉の場には座れても、上がった分の半分ほどは受注側がかぶっています。

値上げの分は、材料も人も増やさずに入ってくるので、ほぼそのまま利益に残ります。そして、根拠の資料は、細かな原価の内訳でなくてよいのです。内閣官房と公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、受注側が最低賃金の上昇率などの公表資料を根拠に使い、発注側はそれを合理的な根拠として尊重するよう求めています。

つまり、公表資料と自社の数字を、取引先の品目に合わせて並べた資料を、全取引先分そろえられれば、値上げをお願いできる範囲が広がります。足りないのは、それを40社分作る時間です。

値上げ幅と影響額は計算で出し、AIは説明の文章を下書きする

値上げの資料を全取引先分そろえる仕組み。単価表と原価の推移と公表資料を集め、品目ごとの値上げ幅と取引先ごとの影響額を決まった計算で出す。AIが取引先ごとの説明資料と依頼文と想定問答を下書きし、社長が希望の単価と順番を決めて取引先と話す
値上げの資料を全取引先分そろえる仕組み。単価表と原価の推移と公表資料を集め、品目ごとの値上げ幅と取引先ごとの影響額を決まった計算で出す。AIが取引先ごとの説明資料と依頼文と想定問答を下書きし、社長が希望の単価と順番を決めて取引先と話す

1. 集める:単価表と原価の推移と公表資料をそろえる。 販売管理のソフトから、取引先・品目・今の単価・年の数量を1つの表に書き出します。経理から、主な材料の仕入れ単価と人件費の2〜3年の推移を出してもらいます。最低賃金の推移などの公表資料は、出どころと公表日をつけて1つの表にまとめます。

2. 計算する:値上げ幅と影響額を、決まった式で出す。 品目ごとに、原価のうち材料と人件費が占める割合と、それぞれの上昇率から、「原価の上昇を値段に乗せるには何%上げればよいか」を表計算の式で出します。取引先ごとに、その値上げをすべての品目で受け入れてもらえたら年にいくら増えるか(影響額)も計算します。ここにAIは使いません。

3. 決める:社長が、取引先ごとの希望の単価と順番を決める。 計算した値上げ幅をもとに、社長が取引先ごとに「どこまでお願いするか」を決めます。取引先との関係、これまでの値上げの経緯、相手の業界の状況を知っているのは社長だけです。影響額の大きい順に並べると、交渉する順番も決まります。

4. 下書きする:AIが、取引先ごとの資料と依頼文と想定問答を作る。 社長が決めた希望の単価と、その取引先の品目、計算した上昇率、公表資料をAIに渡し、A4で1〜2枚の説明資料、協議をお願いする依頼文、取引先から出そうな質問と答えの一覧を下書きしてもらいます。

5. 確かめて話す:社長が読み、直して、取引先に協議をお願いする。 社長は下書きを読み、取引先との関係に合わせて言い回しを直してから、協議をお願いします。

この流れで大事なのは、数字はすべて計算で出し、AIには文章だけを書かせることです。資料の数字が1つでも違えば、資料全体が信用されません。

AIへの指示の要点(見本。内容は架空です):

次の取引先に出す、値上げの協議をお願いする説明資料と依頼文を下書きしてください。数字は、添付の表にあるものだけを、そのまま使ってください。計算や丸めをしないでください。説明資料は、①コストの上昇(費目・上昇率・出どころ)、②品目ごとの今の単価とお願いする単価、③お願いしたい時期、④これまで社内で吸収してきた努力、の順に、A4で1枚半以内にまとめてください。依頼文は、協議の場を設けていただくお願いの形にし、相手を責める言い方、法律を持ち出す言い方はしないでください。最後に、この取引先から出そうな質問を5つと、それぞれの答え方を書いてください。

資料の型をスキルにし、数字は表と照らして止める

AIに資料を下書きさせるだけなら、今日からでもできます。40社分を同じ質でそろえるには、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「仕組みにする」の差です。

資料の型と会社の言葉を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、「説明資料の章立て」「使う公表資料の一覧と、その更新の時期」「会社として使う言葉と使わない言葉」「過去に受け入れてもらえた資料の見本」をスキルにしておきます。40社分の資料が、同じ型でそろいます。

資料の数字は、AIの外で表と照らす。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。この仕組みでは、下書きに出てくる単価・上昇率・日付を、計算した表と1つずつ照らし、1つでも合わなければ社長に届く前に印を付けることがそれに当たります。AIは、もっともらしい数字に書き換えることがあります。取引先に出す資料の数字だけは、AIの答えを信じず、表と照らして確かめます。

社長が資料に使うのは、1社あたり読んで直す1時間ほどになる

想定の会社の、ある1週間の流れです。

  • 月曜 経理が原価の推移を、営業事務が単価表を書き出す。公表資料の表は、前回の値上げのときのものを最新に直す(合わせて半日)
  • 火曜の朝 決まった式で、品目ごとの値上げ幅と取引先ごとの影響額が出る。影響額の大きい順に40社が並ぶ
  • 火曜 社長が、40社の希望の単価を決める。上位の10社はじっくり、残りの30社は計算どおりか少し抑えるかを決める(3時間ほど)
  • 水曜の朝 AIが40社分の説明資料と依頼文と想定問答を下書きする。点検で、2社分の資料に単価の書き換えが見つかり、印が付く
  • 水〜金曜 社長が影響額の大きい順に、1社1時間ほどで読んで直す。印の付いた2社は、表の数字に直す。直した資料から順に、取引先に協議をお願いする

1週間で、40社分の資料がそろいます。今まで5社分しか作れなかった資料が、全取引先分になります。

経営への効果は、値上げをお願いできる取引先が全社に広がること

経営効果 何が変わるか 利益へのつながり
利益が増える 大口の5社だけでなく、40社すべてに根拠のある資料で値上げをお願いできる 上がったコストを値段に乗せられる範囲が広がる
売上が上がる 同じものを同じ数売って入ってくるお金が増える 材料も人も増やさずに売上が増える

効果の大きさは、次の式で考えます。

増える利益 = これまで資料を作れなかった取引先への年の売上 × 受け入れてもらえた割合 × 平均の値上げ幅

仮に、これまで資料を作れなかった35社への売上が年1億円、そのうち半分の取引先に平均2%の値上げを受け入れてもらえれば、年100万円です。数量が変わらなければ、この100万円はほぼそのまま利益に残ります。

社長が手で作る この仕組み
資料を作れる取引先 大口の5社ほど 40社すべて
1社の資料にかかる社長の時間 半日ほど 読んで直す1時間ほど
資料の数字 手で写すので写し間違いが出る 表から計算し、下書きは表と照らす
断られたときの答え その場で考える 取引先ごとの想定問答がある

逆に、取引先が数社しかない会社なら、仕組みにする必要はありません。親の記事のとおり、AIのチャットで1社ずつ下書きすれば十分です。目安として、取引先が20社を超えて、品目が多い会社から、仕組みにする価値が出てきます。

費用の大半は作る費用で、AIの利用料は40社分で200円ほど

作る順番と、かかる日数

  1. 単価表と原価の推移を書き出す形を決める(社内:営業事務と経理、半日)。取引先の名前と品目の番号がそろっているかを確かめます
  2. 公表資料の表を作る(社内:社長か経理、半日)。最低賃金の推移、主な材料の価格の推移など、使う公表資料を出どころと公表日つきでまとめます
  3. 値上げ幅と影響額の計算を作る(作る人、1〜2人日)。品目ごとの原価の割合をどう置くかは、社長と経理が決めます
  4. AIの下書きと、数字の点検を作る(作る人、2〜3人日)
  5. 上位の5社で試して直す(作る人、1人日)。社長が直した箇所を、スキルに書き足します

作る費用

作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価

上の手順3〜5で、作る側の目安は合計4〜6人日です。販売管理のソフトから単価表をどこまで自動で書き出せるかで日数は変わります。一度作れば、毎年の値上げの時期に、表を最新にするだけで使えます。

毎回の費用

費用 中身 想定の会社での目安
AIの利用料 取引先1社の資料・依頼文・想定問答の下書きごとにかかる 40社分で200円ほど(下の計算)
表計算・保存場所 すでに使っている表計算 追加0円の想定
準備 単価表・原価の推移・公表資料の更新 値上げの時期ごとに半日

AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万単位あたり2ドル、書かせる量100万単位あたり10ドルです。1社あたり、その取引先の品目の表・公表資料・スキル・指示を合わせて6,000、書かせる資料と依頼文と想定問答を1,500と見積もると、約0.027ドル、1ドル150円で約4円です。40社分で160円ほどです。

つまり、費用の本体は作る費用と、社長が希望の単価を決めて資料を直す時間です。

何か月で取り戻せるか

この仕組みは、値上げを受け入れてもらえた分で元を取ります。仮に作る費用が30万円で、資料を作れなかった取引先のうち1社でも、年の取引額1,500万円に2%の値上げを受け入れてもらえれば、1年目で取り戻す計算です。

必要な人は3役で、希望の単価と交渉は社長が持つ

役割 社内の誰か やること 時間の目安
決める人・話す人 社長 取引先ごとの希望の単価と順番を決め、資料を直し、取引先と話す 値上げの時期に、決めるのに3時間、資料1社1時間
数字をそろえる人 経理と営業事務 単価表・原価の推移・公表資料を最新にする 値上げの時期ごとに半日
作る人 表計算の自動処理を書ける社員、または外の会社 計算と、AIの下書きと、点検を作る 最初に4〜6人日

外に頼む場合は、「作る人」の役だけを頼みます。希望の単価を決めること、取引先と話すことは、社内に残します。 単価と原価は会社の一番の秘密でもあります。外に渡す範囲は、作る人が仕組みを試すのに必要な分だけにします。

3か月で全取引先にお願いでき、半年で受け入れの傾向が見える見込み

導入後の見込み。1か月目は上位5社で資料の型を直す期間、3か月目には全取引先に資料つきで協議をお願いできる、半年後には受け入れてもらえた割合と断られた理由が見え、次の値上げの準備に使える
導入後の見込み。1か月目は上位5社で資料の型を直す期間、3か月目には全取引先に資料つきで協議をお願いできる、半年後には受け入れてもらえた割合と断られた理由が見え、次の値上げの準備に使える

ここからは見込みです。取引先の業界と、これまでの値上げの経緯で変わります。

1か月目:上位5社で資料の型を直す期間。 社長が直した言い回しや、取引先から出た質問を、スキルと想定問答に足します。

3か月目:全取引先に、資料つきで協議をお願いできる。 資料の型が固まり、残りの取引先の資料が1週間でそろいます。今まで据え置きだった取引先にも、根拠を示してお願いできるようになります。

半年後:受け入れの傾向が見え、次の値上げの準備に使える。 どの取引先がどこまで受け入れてくれたか、断られた理由は何だったかが、取引先ごとに記録としてたまります。次の値上げのときには、断られた理由に先に答える資料を作れます。

うまくいっていない兆し。 資料を出しても協議の場が持てない取引先が多いなら、依頼文の言い方が硬すぎるか、お願いの時期が相手の予算の時期とずれている可能性があります。取引先の決算や予算の時期を表に足して、お願いする時期をずらします。

見込みどおりかは、始める前に測った数字で確かめる

測る数字 測り方 導入後に期待する変化
資料つきで協議をお願いできた取引先の数 値上げの時期ごとに数える 5社ほど → 全取引先
値上げを受け入れてもらえた取引先の売上の合計 値上げの時期ごとに数える 増える
原価の上昇のうち値段に乗せられた割合 自社の数字で、値上げの前後を比べる 上がる

数字をAIに作らせたり、一斉に送ったりすると失敗する

  • 値上げ幅や影響額をAIに計算させる。 数字はすべて表計算の式で出します。AIは、もっともらしい数字に書き換えることがあります
  • 下書きを確かめずに一斉に送る。 値上げのお願いは、取引先ごとの関係の中でするものです。社長が1社ずつ読み、相手に合わせて直してから出します
  • 法律を持ち出して迫る。 取引の種類と両社の規模によっては、協議に応じない一方的な値決めが法律で禁止されていますが、それを資料で振りかざすと関係を損ねます。協議をお願いする形を崩しません
  • 公表資料を古いまま使う。 最低賃金や材料の価格は毎年変わります。資料に使う前に、出どころと公表日を確かめて最新にします
  • 単価と原価の扱いを決めない。 会社の一番の秘密です。会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランで扱い、見られる人を社長と経理に限ります

まとめ

  • 経営への効果は、大口の数社だけでなく全取引先に、根拠のある資料で値上げをお願いできること(利益)。取引先40社の想定で、資料をそろえる期間は20日分の作業から1週間になる
  • 価格転嫁率は54.2%、労務費は50.0%(2026年3月の国の調査)。根拠は公表資料でよいと国の指針は言っている。足りないのは全取引先分の資料を作る時間
  • 品目ごとの値上げ幅と取引先ごとの影響額は決まった計算で出し、社長が希望の単価と順番を決める。AIは取引先ごとの説明資料・依頼文・想定問答を下書きする
  • 資料の型はスキルにまとめ、下書きの数字は表と照らして、合わなければ止める
  • 費用の本体は作る費用(目安4〜6人日)と社長が決めて直す時間。AIの利用料は40社分で200円ほど
  • 1か月目は上位5社で型を直す期間、3か月目から全取引先にお願いでき、半年後には受け入れの傾向が見える見込み。取引先が20社を超える会社から検討の価値が出る

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