取引先に値上げを受け入れてもらう方法。根拠の資料をAIで作る
この記事では、取引先との値上げの交渉で、中小企業が根拠の資料をAIで用意し、話し合いの場で受け入れてもらうための方法を説明します。一言でいうと、値上げが通らない理由の多くは「頼み方」より「根拠を示す資料を用意する時間がないこと」にあり、その資料の下ごしらえをAIに任せれば、社長は取引先と話すことに時間を使えるという話です。その結果、上がったコストを値段に乗せられる取引先が増え、売上と利益が同時に守られます。
AIの価値は、交渉をうまくすることではありません。取引先ごとに、公表資料と自社の数字で筋の通った説明を用意する手間を、大きく縮められることです。
経営への効果は、値上げの分がそのまま利益に残ること
値上げは、売上を増やす手の中でいちばん利益に直結します。材料も人も増やさずに、同じものを同じ数売って入ってくるお金が増えるからです。
| 人の手だけ | AIを使う | |
|---|---|---|
| 根拠の資料を作る時間(1社あたり) | 仮に半日 | 仮に1時間ほど(下書きはAI、数字の確認は人) |
| 資料を用意できる取引先の数 | 大口の数社だけ | 値上げをお願いしたい取引先すべて |
| 説明の中身 | 「上がって苦しい」という口頭のお願い | 最低賃金や材料の公表資料と、自社の数字を並べた説明 |
| 交渉の準備 | 当日その場で答える | 取引先から出そうな質問と答えを先に用意する |
効果の大きさは、次の式で見積もれます。
値上げで増える利益 = 値上げを受け入れてもらった取引先への年の売上 × 上げられた率
仮に、年の売上2億円の会社で、売上の半分にあたる取引先に平均3%の値上げを受け入れてもらえれば、年300万円です。数量が変わらなければ、この300万円は費用が増えずに入ってくるので、ほぼそのまま利益に残ります。逆に、人件費や材料費が上がっているのに値段が据え置きなら、その上がった分だけ毎年の利益が削られ続けます。
AIの費用は、法人向けのプランで1人あたり月数千円です。値上げが1社でも通れば、十分に元が取れます。
コストの上昇分を値段に乗せられたのは、まだ半分ほど
国の調査を見ると、価格の交渉そのものはほとんどの会社で行われるようになりました。経済産業省・中小企業庁が2026年6月26日に公表した調査(2026年3月の「価格交渉促進月間」のフォローアップ調査。受注側の中小企業約7万社が回答)では、**価格の交渉が行われた割合は90.7%**です。
一方で、**コストの上昇分のうち値段に乗せられた割合(価格転嫁率)は54.2%**にとどまります。コストの種類別では、原材料費が55.7%、労務費が50.0%で、人件費の上昇分は半分しか値段に乗っていません。交渉の場には座れても、上がった分の半分ほどは受注側の会社がかぶっている、というのが今の姿です。
最低賃金は毎年上がり、2026年度も大きく上がりました(詳しくは最低賃金が上がっても利益を守る、AIで事務の時間を減らす方法)。人件費の上昇を値段に乗せられないままだと、利益は毎年削られます。
国も、この状況を変えようとしています。
- 公表資料を根拠に使ってよいと、国の指針が言っている。 内閣官房と公正取引委員会が2023年11月に出した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」では、受注側は最低賃金の上昇率や春の賃上げの妥結額などの公表資料を根拠として使い、発注側はそれを合理的な根拠として尊重するよう求めています。自社の原価の内訳を細かく見せなくても、公表資料で説明してよい、ということです
- 法律で、協議に応じない一方的な値決めが禁止された。 2026年1月1日に、下請法が改正されて「中小受託取引適正化法」(取適法)になりました。発注側が、受注側から求められた価格の協議に応じずに一方的に代金を決めることが禁止されています。対象になるかどうかは、取引の種類と両社の資本金・従業員数で決まるので、自社の取引が当てはまるかは中小企業庁や公正取引委員会の案内で確かめます
つまり、根拠を示して協議を求めること自体は、国が後押ししている行動です。足りないのは、それを取引先の数だけ用意する時間です。
根拠の資料を作る時間がなく、口頭のお願いで終わっている
値上げが必要だと分かっていても、多くの会社で交渉が口頭のお願いで終わるのには理由があります。
- 資料を作る人がいない。 中小企業では、値上げの交渉は社長か営業の責任者がします。どちらも日々の仕事で手一杯で、取引先ごとの資料を一から作る時間がありません
- 何を根拠にすればよいか分からない。 最低賃金がどれだけ上がったか、材料の値段がどう動いたか。調べればあるのは分かっていても、どこを見ればよいか、どう並べれば伝わるかで止まります
- 取引先ごとに話が違う。 品目、数量、今の単価、これまでの値上げの経緯は、取引先ごとに違います。同じ資料を全社に配っても、相手には自分の話に聞こえません
- 断られたときの答えを用意していない。 「他社はもっと安い」「来期まで待ってほしい」と言われたときの答えがなく、その場で引き下がってしまいます
結果として、資料を作れたのは大口の数社だけで、残りの取引先は据え置きのまま、ということが起きます。
AIに頼めるのは、根拠の整理と資料と想定問答の下書き
AIに頼めることは、大きく3つです。
1. コストがどれだけ上がったかを、公表資料と自社の数字で整理する。 AIに頼むこと:最低賃金の推移、材料の価格の推移などの公表資料と、自社の人件費・材料費の2〜3年分の数字を渡し、「何がいつから何%上がったか」を1枚の表にまとめてもらう。 返ってくるもの:費目ごとの上昇率の表と、その根拠の出どころの一覧。 人がすること:表の数字を、元の資料と自社の帳簿で1つずつ確かめる。 何が変わるか:「苦しいので上げてください」が、「この費目がこれだけ上がったので、この分をお願いします」に変わります。
2. 取引先ごとに、値上げの幅と説明資料と依頼文を下書きする。 AIに頼むこと:取引先ごとの品目・数量・今の単価と、1の表を渡し、品目ごとの希望単価と、取引先に出す説明資料・依頼文の下書きを作ってもらう。 返ってくるもの:取引先ごとの、品目別の今の単価と希望単価の表、A4で1〜2枚の説明資料、依頼の文面。 人がすること:希望単価を自社の判断で決め直し、取引先との関係に合わせて文面を直す。 何が変わるか:大口の数社だけでなく、値上げをお願いしたい取引先すべてに、相手の品目に合わせた資料を出せるようになります。
3. 取引先から出そうな質問と、答えを用意する。 AIに頼むこと:取引先の業種とこれまでのやりとりを渡し、「交渉の場で出そうな質問や断りの言葉と、それへの答え方」を挙げてもらう。AIに取引先の担当者の役をしてもらい、練習することもできます。 返ってくるもの:質問と答えの一覧。「他社はもっと安い」「来期まで待ってほしい」「一部だけなら」などへの答え方。 人がすること:答えを自社の事情に合わせて直し、譲れる線と譲れない線を先に決めておく。 何が変わるか:断られたときにその場で引き下がらず、「では、この品目だけでも」と次の提案ができます。
AIへの頼み方と、返ってくる資料はこんな形になる
AIに渡す指示(見本。内容は架空です):
あなたは中小企業の値上げの交渉の準備を手伝う担当です。下の資料をもとに、取引先A社に出す説明資料の下書きを作ってください。 ・コストの上昇の表(添付。数字はこの表にあるものだけを使い、表にない数字は書かないでください) ・A社への主な品目と今の単価、月の数量(添付) ・会社として希望する値上げの幅:品目ごとに3〜5% 説明資料は、①コストがどれだけ上がったか(出どころつき)、②品目ごとの今の単価と希望単価の表、③いつからお願いしたいか、④これまで社内で吸収してきた努力、の順に、A4で1枚半以内にまとめてください。相手を責める言い方、脅すような言い方はしないでください。
返ってくる資料の一部(見本):
1. コストの上昇について 弊社の主なコストは、この2年で次のように上がっています。
費目 2年前 今 上昇率 出どころ 人件費(時給の平均) 〇〇円 〇〇円 〇% 自社の給与台帳。最低賃金の推移(厚生労働省の公表)も添付 主な材料の仕入れ単価 〇〇円 〇〇円 〇% 仕入先からの請求書 2. 品目ごとの単価のお願い
品目 今の単価 お願いする単価 上げ幅 部品a 〇〇円 〇〇円 4% 部品b 〇〇円 〇〇円 3%
見本の〇〇には、自社の数字が入ります。AIには、渡した表にある数字だけを使うよう頼みます。
資料の型をスキルにし、数字は元の資料で確かめる
AIに資料を作らせるだけなら今日からでもできますが、取引先の数だけ毎回同じ質で出すには、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
会社の値上げ資料の型を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。値上げの交渉なら、「説明資料の章立て」「使う公表資料の一覧と、その更新の時期」「取引先に使わない言い方」「過去にうまくいった資料の見本」をスキルにしておきます。営業の責任者が作っても、社長が作っても、同じ型の資料が出てきます。
数字はAIに作らせず、元の資料と照らす。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。値上げの資料では、AIが書いた数字を、渡した表や公表資料と1つずつ照らす決まりがそれに当たります。AIは、もっともらしい数字を書くことがあります。取引先に出す資料の数字が1つでも違えば、資料全体が信用されなくなります。数字の欄は、元の表から写したものか、計算したものかが分かるように残し、出す前に人が確かめます。
明日からは、値上げをお願いしたい1社の資料から始める
- 値上げをお願いしたい取引先を1社選ぶ。売上が大きく、まだ据え置きになっている取引先がよい
- 自社の人件費と主な材料費の、2〜3年分の数字を1枚の表にする(経理の方に頼めば1時間ほど)
- 自社の地域の最低賃金の推移を、厚生労働省や都道府県の労働局の発表で確かめて、表に足す
- 会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランに、表とその取引先の品目・単価を渡し、上の見本の指示で説明資料を下書きしてもらう
- 数字を元の資料で確かめ、言い回しを直してから、取引先に協議をお願いする
1社でやってみると、2社目からは同じ型で早く作れます。
本格的にやるなら、取引先ごとの単価と原価を1つの表に集める
取引先が多い会社では、取引先ごとの品目・単価・数量と、自社の原価を1つの表にまとめておくと、値上げの準備が毎年の決まった仕事になります。表があれば、AIが「どの取引先のどの品目が、コストの上昇に対していちばん値段が追いついていないか」を一覧にでき、交渉する順番も決められます。
見積もりの段階から、コストの変化を反映させる形もあります。過去の見積もりを参考にAIが見積書を下書きする仕組みは、見積をAIで当日中に出し、町工場の受注を増やす方法で説明しています。
数字は元の資料で確かめ、取引先を責める言い方は避ける
- AIが書いた数字をそのまま出さない。 上昇率、単価、日付は、元の資料で必ず確かめます。公表資料は、更新の時期と出どころを資料に書いておきます
- 取引先を責める言い方をしない。 交渉は続く関係の中でするものです。AIの下書きに、相手を責める、脅すように読める言い方が混ざっていたら直します。「お願い」と「ご相談」の形を崩しません
- 法律の当てはまりは、自分で確かめる。 取適法の対象になるかは、取引の種類と両社の規模で決まります。「法律で決まっているので上げてください」と迫るのではなく、協議をお願いする根拠として静かに持っておきます
- 取引先の情報と自社の原価の扱いを決めておく。 単価や原価は社外秘です。会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランで扱い、入れてよい情報を先に決めます。決め方は社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています
- 値上げの幅と時期は、社長が決める。 AIが出すのは、根拠と資料の下書きまでです。どこまで上げるか、どの取引先を優先するかは、取引先との関係を知っている人が決めます
まとめ
- 値上げの分は、材料も人も増やさずに入ってくるので、ほぼそのまま利益に残る。仮に売上2億円の半分で3%上がれば年300万円
- 国の調査(2026年3月)では、価格の交渉が行われた割合は90.7%でも、コストの上昇分を値段に乗せられた割合は54.2%。労務費は50.0%
- 国の指針は、最低賃金などの公表資料を根拠に使うことを認めている。取適法は、協議に応じない一方的な値決めを禁止した
- 足りないのは、取引先ごとに根拠の資料を用意する時間。AIに、コストの整理・取引先ごとの資料と依頼文・想定問答の下書きを任せる
- 資料の型はスキルにまとめ、数字は元の資料で確かめる。値上げの幅と時期は社長が決める
- まずは、値上げをお願いしたい1社の資料から始める