決まらなかったお客様を取り戻す。新着物件をAIで一人ずつ知らせる仕組み
この記事で変わる経営指標
この記事では、不動産会社で、一度決まらなかったお客様の希望の条件と、新しく出た物件を計算で照らし、条件の合うお客様にだけ、AIが一人ずつお知らせの文を下書きする仕組みの作り方を説明します。一言でいうと、営業の頭の中と手帳に散らばっていた追客を、「条件が合う人は計算で選び、文面はAIが下書きし、送るのは営業」という形にして、新着の物件が出た日に、合うお客様へ先に届けるという話です。不動産会社全体でAIが効く業務は、小さな不動産会社の反響を逃さない。AIで物件紹介文と返事を速くする方法にまとめています。この記事は、その中の「反響への返事と追客」のうち、追客を実際に動く仕組みにする話です。
AIの価値は、お客様を見つけることではありません。すでに一度話したお客様の希望を忘れずに持ち続け、合う物件が出たその日に、その人に向けた言葉で知らせられることです。
今は追客が、営業の記憶と手の空いた日に頼っている
多くの不動産会社では、案内まで進んだのに決まらなかったお客様について、次のことが起きています。
- 希望の条件(駅、広さ、間取り、家賃の上限、入居の時期)は、問い合わせの記録や営業の手帳にばらばらに残っている
- 新しい物件が出ても、それに合うお客様を思い出せるのは、担当した営業だけ
- 営業が忙しい週は、追客の連絡が止まる。担当が辞めると、そのお客様の希望ごと消える
- 連絡するときも、全員に同じ文面の一斉メールになりがちで、読まれない
お客様の側から見ると、「この会社に希望を伝えたのに、合う物件が出ても知らせてくれない」という状態です。その間に、ほかの会社から合う物件の連絡が届けば、そちらで決まります。
ここで足りないのは、営業の熱意ではありません。何百人分の希望の条件を、毎日出る新着の物件と照らし続けるという作業が、人の手と記憶では回らないのです。照らす作業は計算に、一人ずつの文面はAIに任せられます。
一度話したお客様を追うのは、新しいお客様を探すより安い
追客に手をかける理由は、新しいお客様を探すより安く済むからです。
マーケティングでは「1:5の法則」という経験則が知られています。新しいお客様を1人獲得するには、今のお客様を1人保つ5倍のコストがかかるという考え方で、NTT東日本の用語解説でも紹介されています。2014年の Harvard Business Review の記事では、調査や業種によって5倍から25倍と紹介されています。
不動産の追客に当てはめると、一度問い合わせをくれて、案内まで進んだお客様は、すでに広告の費用をかけて見つけたお客様です。希望の条件も分かっています。そのお客様に合う物件を届けることは、ポータルサイトの広告を増やして新しい反響を待つより、安く成約に近づく手です。
決まりとして、お知らせの同意をもらい、記録しておく
仕組みを作る前に、メールで新着の物件を知らせるときの決まりを押さえておきます。
広告や宣伝のメールには、特定電子メール法という法律があります。総務省と消費者庁の資料「特定電子メールの送信の適正化等に関する法律のポイント」によると、広告や宣伝のメールは、原則として、あらかじめ同意した人にだけ送れます(オプトイン方式)。取引関係にある人や、名刺などの書面でメールアドレスを知らせてくれた人に送る場合などは例外とされていますが、どこまでが例外に当たるかは、自社で判断せずに確かめるのが安全です。携帯電話の番号で送るショートメッセージも対象です。
あわせて、次のことが求められています(ECのミカタの解説でも同じ内容が説明されています)。
- 同意をもらったときの記録を残す。 いつ、どの方法で同意をもらったか
- 送るメールに、送り主の名前と、受け取りを断る連絡先を書く。 受け取りを断れることと、その連絡先のメールアドレスかURL
- 断られたら、以後は送らない。
この記事の仕組みでは、問い合わせや案内のときに「条件に合う新しい物件が出たら、メールでお知らせしてよいですか」と聞き、答えを表に記録します。同意の欄が「はい」の人だけを、計算で選ぶ対象にします。 断りの連絡が来たら、その日のうちに同意の欄を「いいえ」に変えます。
条件が合う人は計算で選び、文面はAIが下書きする
仕組みは4つの段でできています。
1. お客様の条件と新着の物件を表にためる(人)。 お客様の表には、名前、連絡先、担当の営業、希望の駅(複数可)、家賃の上限、広さの下限、間取り、入居の時期、前回の案内で気にしていたこと(「日当たり」「駐輪場」など、営業のひと言メモ)、お知らせの同意、最後に連絡した日を並べます。物件の表には、物件の番号、駅、徒歩の時間、家賃、広さ、間取り、空室かどうかを並べます。徒歩の時間は、道路距離80mを1分として計算した値を入れておきます。
2. 条件が合うお客様を計算で選ぶ(AIの外)。 新しい物件が表に入ったら、毎朝、お客様の表と照らします。「希望の駅に入っている」「家賃が上限以下」「広さが下限以上」「間取りが合う」をすべて満たすお客様を選び、そこから「同意がいいえ」「最後の連絡から14日たっていない」「入居の時期が過ぎている」人を除きます。この選び方は、AIに任せません。決まった条件で、毎回同じように選びます。
3. AIが一人ずつお知らせを下書きする(AI)。 選ばれたお客様ごとに、前回の希望と営業のメモ、物件の特徴をAIに渡し、お知らせの文を下書きさせます。家賃、徒歩の時間、広さは、AIに書かせず、物件の表から差し込みます。送り主の名前と、受け取りを断る連絡先も、決まった文で末尾に差し込みます。
4. 営業が確かめて送る(人)。 営業は、空室かどうかを確かめ、文面を読んで送ります。返事が来たら、案内の日時を決めます。
AIへの指示の見本は次のとおりです(見本。内容は架空です)。
あなたは、この会社の賃貸の営業です。下のお客様は、以前ご案内して決まらなかった方です。前回の希望とメモに触れながら、新しく出た物件をお知らせするメールの本文を、200字ほどで書いてください。家賃・徒歩の時間・広さは書かず、【家賃】【徒歩】【広さ】と書いておいてください。物件の情報に無い設備や周りの様子は書かないでください。押しつけがましい言い方はせず、興味があれば返事をもらえるように締めてください。
返ってくる下書き(見本):
〇〇様 先日は△△駅のお部屋をご覧いただき、ありがとうございました。そのとき「自転車を置ける場所があると助かる」とおっしゃっていたので、ご連絡しました。同じ△△駅で、屋根つきの駐輪場がある1LDKのお部屋が、本日空きました。家賃は【家賃】、駅から【徒歩】、広さは【広さ】です。ご興味があれば、このメールにご返信ください。ご案内の日時を合わせます。
お知らせの書き方をスキルにし、数字と同意は表で確かめる
AIに下書きさせるだけなら、指示の見本で今日からでも試せます。毎日、何十人分も同じ質で出すには、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
お知らせの書き方を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、「返事が多かったお知らせの見本」「前回の希望への触れ方」「使ってはいけない言い方(『今すぐ』『残りわずか』のように急がせる言葉)」「長さの決まり」をスキルにします。
数字と同意と送る相手は、AIの外で確かめる。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、送る相手を計算で選ぶこと、同意のない人を必ず除くこと、家賃と徒歩の時間を物件の表から差し込むこと、送る前に空室を確かめることがそれに当たります。下書きに数字が入っていたら、送る前に印を付けます。送る相手を間違えることと、決まった物件を知らせることは、AIの「たぶん大丈夫」では止められません。
営業の仕事は、選ばれたお客様のお知らせを確かめて送るだけになる
仕組みが動くと、仕事の分け方はこうなります。
| 今まで | 仕組みのあと | |
|---|---|---|
| 合うお客様を探す | 担当の営業が思い出す | 毎朝、計算で選ばれる |
| お知らせの文 | 一斉メールか、手が空いた日に1通ずつ | 前回の希望に触れた下書きが一人ずつ届く |
| 同意の確かめ | 営業の記憶 | 表の同意の欄で、計算の段階で除く |
| 担当が辞めたとき | お客様の希望ごと消える | 表に残り、次の担当が引き継げる |
時間の目安は、前提を置いて計算します。仮に、案内まで進んで決まらなかったお客様が過去1年で300人いて、そのうち180人からお知らせの同意をもらっているとします。月に60件の新着の物件があり、条件の合うお知らせが月120通になるとします。
- 手でやる場合:180人の条件を新着の物件と見比べるのに1人3分で月9時間、お知らせを1通8分で書くと月16時間、合わせて月25時間
- 仕組みのあと:届いた下書きを1通2分で確かめて送り、月4時間
手でやると月25時間かかる作業は、実際にはほとんどの会社で回っていません。仕組みにすると、月4時間で、同意をくれた全員に、合う物件が出るたびに届くようになります。
経営への効果は、広告をかけずに成約の機会が戻ること
効果の中心は、すでに広告の費用をかけて見つけたお客様からの成約が増えることです。
お知らせから何件が案内と成約につながるかは、地域や物件や会社で違うので、この記事では数字を置きません。代わりに、作る費用を何件の成約で取り戻せるかで考えます。
取り戻すのに要る成約の数 = 作る費用 ÷ 1件の成約で会社に入る手数料
仮に、作る費用が25万円、1件の成約で会社に入る手数料が10万円なら、2.5件、つまり3件の成約で取り戻せる計算です。お知らせが月120通届き、そのうち年に3件が成約につながれば、元が取れます。売買の仲介なら、1件の手数料が大きいので、さらに少ない件数で取り戻せます。
もう一つの効果は、担当の営業が辞めても、お客様の希望が会社に残ることです。営業の入れ替わりがある会社ほど、この効果は大きくなります。
費用の大半は作る費用で、AIの利用料は月130円ほど
作る順番と、かかる日数
- お客様の表の形を決め、同意の欄を足す(社内:営業と事務、1日)。問い合わせの記録や手帳から、決まらなかったお客様の条件を移します。同意の聞き方と記録の残し方もここで決めます。ここがいちばん手間がかかり、いちばん効きます
- 物件の表の書き出し方を決める(社内:事務、半日)。物件を管理しているソフトから、駅、徒歩の時間、家賃、広さ、間取り、空室を書き出せるか確かめます
- 条件が合うお客様を選ぶ計算を作る(作る人、1.5人日)
- AIの下書きと、数字と断りの連絡先の差し込みを作る(作る人、1.5人日)
- 2週間、営業1人で試して直す(作る人、1人日)。営業が直した言い回しを、スキルに足します
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計4人日です。物件を管理しているソフトから表を書き出せるかどうかで、日数は変わります。すでに使っている顧客管理のソフトに、条件で絞り込む機能があれば、まずそれを使い、お知らせの下書きだけをAIで補うのが早道です。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の会社での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | お知らせ1通の下書きごとにかかる | 月120通で130円ほど(下の計算) |
| 表計算・保存場所 | すでに使っている表計算 | 追加0円の想定 |
| 保守 | お客様の表の更新、スキルの見直し | 月1時間 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。1通あたり、お客様の希望とメモと物件の情報とスキルを合わせて2,000トークンを読ませ、300トークンを書かせると見積もると、約0.007ドル、1ドル150円で約1円です。月120通で130円ほどです。
つまり、費用の本体は作る費用と、最初にお客様の条件と同意を表に移す手間です。
必要な人は3役で、送るのは担当の営業がする
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| 条件を書く人 | 案内をした営業 | 決まらなかったお客様の条件とひと言メモ、同意を表に入れる | 1人3分 |
| 送る人 | 担当の営業 | 下書きと空室を確かめて送る。返事に答える | 1通2分 |
| 作る人 | 社内の詳しい人か、外の作り手 | 表の形、選ぶ計算、AIの下書き、差し込みを作る | 最初の4人日 |
お知らせは、担当の営業の名前で送ります。返事が来たときに、前回の案内を覚えている人が答えるほうが、お客様は安心します。担当が辞めた場合は、表の担当の欄を書き換え、次の担当が前回のメモを読んでから送ります。
3か月で全員に届き、半年で反応の良い書き方が分かる見込み
どこまでいけるかは、お客様の条件と同意がどれだけ表にそろうかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 最初の1か月 | 過去のお客様の条件を表に移し、営業1人で試す。営業が下書きの半分ほどを直す |
| 3か月 | 同意をくれたお客様全員に、合う物件が出るたびにお知らせが届く。直しが一言二言で済む |
| 半年 | どんな書き方のお知らせに返事が多いかが分かり、スキルに足して反応を上げる |
効果を確かめるには、次の3つを導入の前と後で比べます。
- 追客のお知らせから案内につながった件数:お知らせへの返事と、そこからの案内を記録します
- 追客から成約した件数:成約したお客様が、最初の問い合わせからどれだけたっていたかも見ます
- 営業が追客に使った時間:1週間だけ、かかった時間を書き留めます
送る相手をAIに選ばせたり、自動で送ったりすると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 送る相手をAIに選ばせる。 「この物件に合いそうな人を選んで」とAIに頼むと、条件の外れた人や、同意のない人を選ぶことがあります。相手は計算で選び、AIには文面だけを任せます
- 確かめずに自動で送る。 決まった物件を知らせたり、家賃を間違えたりすると、お客様の信用を一度で失います。送るのは、空室を確かめた営業です
- 同意と断りを表に残さない。 同意の記録がないと、法律の決まりを守れているかを示せません。断られたら、その日のうちに表を直します
- 何度も送りすぎる。 合う物件が続けて出ると、同じ人に毎日届いてしまいます。最後の連絡から14日などの間隔を決め、計算で除きます
まとめ
- 決まらなかったお客様の希望の条件と、新着の物件を計算で照らし、条件の合う人にだけ、AIが一人ずつお知らせを下書きする。送るのは担当の営業
- 新しいお客様を探すより、一度話したお客様を追うほうが安い(1:5の法則という経験則。調査によって5〜25倍)
- 広告や宣伝のメールは、原則として同意した人にだけ送れる(特定電子メール法)。同意の記録、送り主と断りの連絡先の表示、断られたら送らないことを仕組みに入れる
- 費用の本体は作る費用(4人日)と、お客様の条件と同意を表に移す手間。AIの利用料は月120通で130円ほど。仮に1件の手数料が10万円なら、3件の成約で取り戻せる
- 送る相手、数字、同意はAIの外で確かめる。お知らせの書き方はスキルに育てる