怪しいメールに社員がだまされない会社に。月1回の注意と3問の確認をAIで作る
この記事で変わる経営指標
この記事では、取引先にセキュリティ対策を聞かれても困らない。社内の決まりと回答をAIで整えるの「社員への注意を定期的に出す」を、仕組みとして作る方法を説明します。
一言でいうと、社内の情報セキュリティの決まりから、毎月1つのテーマを表で選ぶ。AIが、そのテーマの短い注意の文と、3問の確認を下書きする。社長が確かめて社員に送り、答えの正しかった割合を表で数える。割合の低かったテーマは、次の月にもう一度出すという形です。決まりを作っただけで終わらせず、社員が毎月少しずつ思い出す仕組みにします。
被害は小さな会社でも起き、社員の行動が入り口になる
情報処理推進機構(IPA)が2024年10月から11月に、全国の中小企業4,191社に行った調査では、2023年度に被害に遭った企業の過去3期の被害額の平均は73万円、復旧までの期間の平均は5.8日でした(@IT、ScanNetSecurityの報道による)。直近3期に情報セキュリティ対策に投資していない企業は62.6%で、理由の最多は「必要性を感じていない」でした。
対策には、機械やソフトでするものと、社員の行動で守るものがあります。パソコンやソフトを最新にすること、パスワードを使い回さないこと、怪しいメールの添付やリンクを開かないこと、外にデータを持ち出すときの決まりを守ること。IPAの「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」の25の項目にも、社員一人ひとりの行動にかかわるものが多く入っています。
社内の決まりを作っても、社員が覚えていなければ守られません。年に一度の研修だけでは、忙しい毎日の中で忘れてしまいます。
今は決まりを配って終わり、守られているかが分からない
多くの小さな会社では、社員への伝え方が次のようになっています。
- 社内の決まりを作り、入社のときに配る
- 年に一度、朝礼で「怪しいメールに気をつけて」と話す
- 社員が決まりを覚えているかは、確かめていない
- 取引先の確認票で「社員に教えていますか」と聞かれても、何をしたかを説明しにくい
選び、AIが注意と3問を書き、社長が送り、答えを数える
仕組みは4つの段でできています。
1. 並べる:テーマの表を作る。 社内の決まりと、自社診断の項目から、社員の行動にかかわるテーマを表に並べます(怪しいメール、パスワード、パソコンの更新、持ち出し、事故のときの連絡、など)。表には、前に出した月と、答えの正しかった割合の欄を作ります。
2. 選ぶ:今月のテーマを表から選ぶ。 ここはAIの仕事ではありません。
- 前の月に答えの正しかった割合が低かったテーマがあれば、それをもう一度選ぶ
- なければ、いちばん長く出していないテーマを選ぶ
- 取引先の確認票で聞かれたばかりのテーマがあれば、優先する
3. 下書きする:AIが注意の文と3問を書く。 AIに、選んだテーマと、社内の決まりの該当する部分を渡し、2つを下書きさせます。
- 注意の文:スマホで1分で読める長さ。なぜ大事か、何をするか、困ったら誰に連絡するか
- 3問の確認:「この場合、どうしますか」の形の問いと、選択肢と、正しい答えと理由
社内の決まりにないことは書かせません。
4. 送って数える:社長が確かめて送り、答えを数える。 社長が中身を確かめ、社員に送ります。社員は、3問に答えを返します(表のフォームや、連絡の道具の投票などで)。答えの正しかった割合を表で数え、テーマの表に入れます。
注意と問いの型をスキルにし、テーマ選びと集計はAIの外に置く
この仕組みが毎回同じ質で回るかどうかは、AIに渡す決まりと、AIの外の仕組みで決まります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
注意の文と問いの型を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、次のものをスキルにします。
- 注意の文の型:なぜ大事か、何をするか、困ったら誰に連絡するか、の3つを短く
- 問いの型:会社でありそうな場面を1つ置き、選択肢3つで聞く形
- 会社の言葉:使っているメールやソフトの呼び方、相談の窓口の名前
- 書いてはいけないこと:社内の決まりにない手順、実在の取引先や社員の名前、不安をあおる言い方、社員を責める言い方
テーマ選びと、答えの正しかった割合は、AIの外に置く。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、テーマの表から今月のテーマを決まりに沿って選ぶこと、社員の答えを表で集めて正しかった割合を数えること、割合の低いテーマに印を付けることが、それに当たります。
正しかった割合が、教え直すテーマを教えてくれる
この仕組みでいちばん効くのは、答えの正しかった割合を数えることです。
- 割合の低いテーマは、社員が分かっていないか、決まりが分かりにくいかのどちらかです
- 次の月にもう一度出し、それでも低ければ、社内の決まりの書き方を見直します
- 数えた記録は、取引先の確認票で「社員に教えていますか」と聞かれたときに、何を、いつ、どれだけ教えたかを答える材料になります
答えは、誰が間違えたかを責めるためには使いません。会社として、どのテーマを教え直すかを決めるために使います。
確認票への回答の作り方は、セキュリティの確認票に1日で答える。実施状況の表と過去の回答からAIが下書きで説明しています。
社長の仕事は、月に1回確かめて送ることになる
仕組みが入ると、社員への伝え方は次のように変わります(想定です)。
| 今まで | 仕組みが入ったあと | |
|---|---|---|
| 伝える回数 | 入社時と年に一度 | 毎月1回、1分で読める長さで |
| テーマ | 毎回「怪しいメール」 | 表から順に、決まり全体を回る |
| 覚えているか | 分からない | 3問の正しかった割合で分かる |
| 教え直し | しない | 割合の低いテーマをもう一度 |
| 取引先への説明 | 何をしたか言いにくい | いつ、何を、どれだけ教えたかが残る |
経営への効果は、被害の入り口を減らし、取引先に説明できること
効果は、前提を置いて考えます。
被害に遭ったときの損 = 被害額 + 止まった日数分の売上 + 取引先への影響
IPAの調査では、被害額の平均は73万円、復旧の平均は5.8日でした。社員の行動から入る被害を1件でも防げれば、この仕組みにかかる費用を大きく上回ります。
もう1つの効果は、取引先への説明です。確認票で「社員への教育」を聞かれたとき、毎月のテーマと正しかった割合の記録があれば、実際にしていることとして答えられます。
費用はほとんど要らず、AIの利用料は月4円ほど
作る順番と、かかる日数
- テーマの表と、注意の文と問いの型と、書いてはいけないことを決める(会社:社長と担当者、2時間)。ここがいちばん大事です
- 社員が答えを返す方法を決める(会社:担当者、30分。表のフォームや、連絡の道具の投票で足ります)
- テーマの選び方と、正しかった割合の数え方を表に作る(会社:担当者、1時間)
- 頼み方をスキルにする(作る人、0.5人日。会社で契約したAIのチャットに型を保存して使うなら不要)
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
スキルにする場合で、作る側の目安は0.5人日です。会社で契約したAIのチャットに、型と決まりを貼って頼むやり方なら、作る費用はかかりません。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の会社での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 月1回の注意の文と3問の下書き | 月約4円(下の計算) |
| 表計算・連絡の道具 | すでに使っているもの | 追加0円の想定 |
| 人の時間 | 社長の確認と、社員の1分 | 月に数十分 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。テーマと社内の決まりとスキルで5,000トークンを読ませ、注意の文と3問で1,500トークンを書かせると見積もると、0.025ドル、1ドル150円で約3.8円です。
何か月で取り戻せるか
この仕組みは、時間を浮かせて取り戻すものではありません。かかるのは、月に数十分の人の時間と、数円の利用料です。上の式のとおり、被害を1件防げれば、それだけで何年分もの費用を上回ります。
必要な人は3役で、送るかを決めるのは社長
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| 送る人 | 社長 | 注意の文と3問を確かめて送る | 月15分 |
| 数える人 | 総務の担当者 | テーマを選び、答えを数え、表に入れる | 月30分 |
| 答える人 | 社員全員 | 注意を読み、3問に答える | 月1〜2分 |
いちばん大事なのは、毎月続けることです。テーマの表を一巡すれば、決まり全体を社員が思い出したことになります。
1年で決まりを一巡し、正しかった割合が上がる見込み
どこまでいけるかは、毎月続けられるかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 最初の3か月 | 怪しいメール、パスワード、更新の3つを回す。答えの返し方に慣れる |
| 半年 | 正しかった割合の低いテーマが分かり、決まりの分かりにくいところを直す |
| 1年 | テーマの表を一巡し、取引先に教育の記録を説明できる |
効果を確かめるには、次の3つを記録します。
- テーマごとの正しかった割合:毎月記録します
- 答えを返した社員の割合:続いているかを見ます
- 社員からの「これは怪しいのでは」という相談の数:決まりが行動に移っているかを見る材料にします
社員を責める材料にすると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 間違えた社員を責める。 答えは会社として教え直すテーマを決めるためだけに使い、個人の評価に使いません
- 毎月同じテーマを出す。 テーマの表から、まだ出していないものを選びます
- 社内の決まりにない手順をAIが書く。 決まりの該当する部分だけを渡し、「書いてはいけないこと」に入れます
- 長い文を送る。 スマホで1分で読める長さにします。長いと読まれません
技術の細かい判断(どのソフトを入れるか、設定が正しいか)は、AIの一般論ではなく、システムの担当会社に確かめます。社内の決まりや、社員の答えの記録は、外に出してはいけない情報です。会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランで扱い、社内ルールに書いておきます。決め方は社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています。
まとめ
- 社内の決まりと自社診断の項目から、社員の行動にかかわるテーマを表に並べる
- 毎月1つのテーマを表の決まりで選び、AIが1分で読める注意の文と3問の確認を下書きする
- 社長が確かめて送り、答えの正しかった割合を表で数える
- 割合の低いテーマは次の月にもう一度出し、それでも低ければ決まりの書き方を見直す
- 費用はほとんどかからず、AIの利用料は月約4円。記録は取引先への説明にも使える