契約したAIを社員が使わない会社にしない。研修より先に頼み方の見本を配る
この記事で変わる経営指標
この記事では、会社で契約した生成AIを、社員に実際に使ってもらうための広げ方を説明します。一言でいうと、研修を開いて「何にでも使えます」と説明するより先に、社長が自分で使い、業務を1つに絞って「この仕事なら、こう頼む」という見本を配り、毎週15分うまくいった例を見せ合うという話です。その結果、契約しただけで使われないAIに費用を払い続けることがなくなり、社員が会社の知らないところで自分のAIを使う心配も減ります。
社員にAIが広がるかどうかを決めるのは、AIの性能や研修の長さではありません。明日の自分の仕事で、どう頼めばいいかが分かる見本が手元にあるかどうかです。
経営への効果は、契約の費用を元が取れる使い方に変えること
社員へのAIの広げ方は、やり方によって次のように変わります。
| 研修で一度に説明する | 見本を配って業務ごとに広げる | |
|---|---|---|
| 社員の受け止め方 | 「何にでも使える」と言われても、自分の仕事で何をすればいいか分からない | 「この仕事なら、こう頼む」が分かる |
| 1か月後 | 一部の人だけが使い、多くの人は開かなくなる | 決めた業務では、ほぼ全員が使う |
| 頼み方の質 | 人によってばらばら | うまくいった見本がそろっていく |
| 費用 | 使われない分の契約料を払い続ける | 使った時間の分、元が取れる |
元が取れるかは、次の式で考えます。
1人あたり月に浮かせたい時間 = 1人あたりの月の契約料 ÷ 1時間あたりの人件費
仮に、法人向けプランの契約料が1人あたり月4,000円、社員の1時間あたりの人件費が2,000円なら、1人が月に2時間浮けば元が取れる計算です。週に30分、メールや日報の下書きをAIに任せるだけで届く水準です。逆に言えば、開かれないまま月末を迎える契約は、そのまま費用だけが残ります。
会社が用意しなくても、社員は自分のAIを持ち込む
社員にAIを広げる理由は、効率だけではありません。会社が使い方を示さなくても、社員はAIを使い始めているかもしれないからです。
Microsoft と LinkedIn が2024年5月に公表した調査(31か国、3万1,000人が回答)では、仕事でAIを使っている人の78%が、会社が用意したものではなく、自分で選んだAIの道具を職場に持ち込んでいました。同じ調査を伝えた The Decoder の記事によると、AIを使っている人の52%は、大事な仕事にAIを使っていることを認めたがらない、という結果も出ています。海外の大企業の社員も多く含む調査なので、数字をそのまま日本の中小企業に当てはめることはできません。
それでも、会社が何も示さないと、社員は自分の判断で、会社の知らないAIを使い、しかもそれを言い出さないという向きは、規模を問わず起こり得ます。会社で契約したAIを、決まった使い方で広げることは、お客様の情報を守ることにもつながります。社内のルールの決め方は、社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています。
研修だけでは、自分の仕事のどこに使うかが分からない
多くの会社で、AIの研修を開いても社員に広がらないのには理由があります。
- 何に使えばいいか分からない。 「文章も表も何でもできます」と説明されても、明日の自分の仕事のどこで開けばいいかが分かりません
- 最初の1回で失敗する。 なんとなく頼んで、的外れな答えが返ってくると、「やっぱり使えない」と思って開かなくなります
- 間違いが怖い。 AIの答えをそのまま使って、お客様に失礼なメールを送ったらどうしよう、と心配になります
- 上の人が使っていない。 社長や上司が使っていないと、使うことが「サボり」に見えるのではと気にします
これらは、研修の長さを伸ばしても解決しません。必要なのは、自分の仕事で、うまくいく頼み方の見本と、使ってよいという上の人の姿勢です。
社長が使い、業務を1つに絞り、見本を配って毎週見せ合う
広げ方は、次の4つの段で進めます。
1. 最初の1週間は、社長が自分で使う。 社長が自分の仕事(メールの返事、取引先への案内、会議のメモの整理)で、毎日1回使います。うまくいった例を3つ集めます。社長が使っている姿を見せることが、「使ってよい」といういちばんの合図になります。最初の1週間の過ごし方は、AIを使ったことがない社長が、最初の1週間でやることで説明しています。
2. 2〜4週目は、業務を1つに絞り、頼み方の見本を配る。 「何にでも使ってください」ではなく、「お客様へのメールの返事の下書きに使ってください」のように、全員に共通する業務を1つ決めます。その業務で、うまくいった頼み方の見本(下の見本の形)を1枚にして配ります。
3. 毎週15分、うまくいった例を見せ合う。 朝礼や週の会議の最後の15分で、「今週AIでうまくいったこと」を1人1つ見せ合います。失敗した例も出してもらいます。うまくいった頼み方は、見本の1枚に足していきます。
4. 2か月目からは、見本をスキルにして全員が同じ質で使う。 集まった見本を、AIが自動で読み込む形にまとめます(次の節で説明します)。新しく入った人も、初日から同じ質で使えるようになります。
配る見本は、業務1つにつき1枚、頼み方と確かめ方を書く
配る見本は、次のような1枚です(見本。内容は架空です)。
業務:お客様からの問い合わせメールへの返事の下書き 頼み方:「あなたはこの会社の営業事務です。下のお客様のメールに、200字ほどで返事の下書きを書いてください。納期と金額は書かず【納期】【金額】としてください。分からないことは推測せず、担当者に確認すると書いてください。」に続けて、お客様のメールを貼る 確かめること:納期と金額は、受注表と見積で自分で入れる。お客様の名前と会社名が合っているか。言い回しが会社らしいか やってはいけないこと:お客様の住所や電話番号を貼らない。下書きをそのまま送らない うまくいった例:(毎週の見せ合いで足していく)
この1枚があれば、社員は明日の朝から使えます。「頼み方」と同じくらい大事なのが、「確かめること」と「やってはいけないこと」です。間違いが怖いという気持ちは、何を確かめればよいかが分かれば小さくなります。
うまくいった頼み方をスキルにし、確かめる手順を決めておく
見本を配るだけでも広がり始めますが、全員が同じ質で使い続けるには、もう一段の工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
うまくいった頼み方を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。法人向けのAIのサービスには、会社の中でスキルや指示を共有できるものがあります。毎週の見せ合いで集まった頼み方、会社の言い回し、お客様に使わない言葉をスキルにしておけば、社員は「メールの返事を書いて」と頼むだけで、会社の型に沿った下書きが出るようになります。
確かめる手順を、人の頭ではなく決まりにする。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。社員にAIを広げる段階では、「金額と日付はAIに書かせず自分で入れる」「お客様に出すものは、送る前に名前と数字を元の記録と見比べる」という確かめ方を、見本の1枚とスキルに書いておくことがそれに当たります。AIは間違えることがあります。間違えても、確かめる手順があれば、お客様に出る前に止まります。
効果は、使った人数と浮いた時間で月に1回測る
広がっているかどうかは、次の3つで月に1回確かめます。
| 測る数字 | 測り方 |
|---|---|
| 決めた業務でAIを使った人の数 | 毎週の見せ合いで、使った人に手を挙げてもらう |
| 1人あたりの週の利用回数 | 法人向けプランの管理画面で見られる場合は、それを使う |
| 浮いた時間 | 月に1回、「AIで減った時間」を1人ずつ書いてもらう。自己申告でかまわない |
上の式で、1人あたり月2時間が元を取る目安です。決めた業務でほぼ全員が使い、浮いた時間が目安を超えたら、次の業務に広げます。
使わない人を責めず、お客様の情報の扱いを先に決める
- 使わない人を責めない。 使うことを強制すると、表向きだけ使ったことにして、実際には開かない人が出ます。うまくいった例を見せ合うほうが、自然に広がります
- 最初から全ての業務に広げない。 業務を1つに絞り、うまくいってから次に進みます。一度に広げると、どの業務でも中途半端になります
- お客様の情報の扱いを先に決める。 会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランを使い、貼ってよい情報と貼ってはいけない情報を、見本の1枚とルールに書いておきます
- 社員の個人のAIを頭ごなしに禁じない。 禁じるだけだと、隠れて使う人が出ます。会社のAIで同じことができるようにし、そちらに移ってもらいます
まとめ
- 契約したAIは、研修より先に、社長が使い、業務を1つに絞って頼み方の見本を配り、毎週15分見せ合うと広がる。仮に契約料が1人月4,000円、人件費が時給2,000円なら、1人が月2時間浮けば元が取れる
- 仕事でAIを使う人の78%が会社の用意していない道具を持ち込んでいたという調査がある(Microsoft と LinkedIn、2024年)。会社が使い方を示すことは、情報を守ることにもつながる
- 配る見本には、頼み方と同じくらい、確かめることとやってはいけないことを書く
- うまくいった頼み方はスキルにまとめ、確かめる手順は決まりにする
- 使った人数と浮いた時間を月に1回測り、目安を超えたら次の業務に広げる