顧問先の質問に当日中に返す。事務所の回答資料からAIが返事を下書き
この記事では、士業事務所のAI活用で、人を増やさずに顧問先を増やす方法の「顧問先からの質問は、事務所の回答資料からAIが返事を下書きする」を、事務所の仕組みとして作る方法を説明します。
一言でいうと、事務所でよく聞かれる質問と答え方を、根拠と確かめた日をつけて回答資料にまとめる。顧問先から届いた質問のうち、金額や申告の判断にかかわるものは決まった言葉で拾って先生に回す。それ以外は、AIが回答資料から返事を下書きし、職員がその顧問先の事情に合っているかを確かめて送るという形です。調べる時間を減らし、繁忙期でも質問に当日中に返せるようにします。
質問への答えは先生の責任で、事務所の信頼そのものになる
税理士法では、税務相談(税金の計算に関する事項について相談に応じること)は税理士の業務とされ(第2条)、税理士や税理士法人でない者は税理士業務を行ってはならないと定められています(第52条)。また、税理士は、正当な理由なく、業務に関して知り得た秘密を漏らしたり盗用したりしてはならず、税理士でなくなったあとも同じです(第38条。e-Gov法令検索で確認。条文はWikibooksにも掲載)。社労士など、ほかの士業の法律にも、それぞれ業務と秘密を守る定めがあります。
つまり、顧問先の質問への答えは、事務所の先生の責任で出すものです。AIが下書きを作っても、その答えを出すのは事務所です。だからこそ、答えの根拠をはっきりさせ、先生が確かめる場面を仕組みの中に決めておく必要があります。
顧問先にとって、質問にすぐ、根拠をもって答えてくれる事務所は頼りになります。顧問契約を続けるかどうかを決めるのは、決算の時期だけでなく、ふだんのこうしたやり取りの積み重ねです。
今は職員が、質問のたびに資料と過去の回答を探している
多くの事務所では、顧問先からの質問への返事が次のように作られています。
- 「この経費は落とせますか」「パートの社会保険はどうなりますか」とメールや電話で届く
- 担当の職員が、制度の資料や、事務所の過去の回答を探す
- 返事を書き、必要なら先生に確かめてから送る
- 繁忙期は返事が数日遅れ、顧問先から催促の電話が来る
同じような質問が何度も来ているのに、過去の回答は職員のメールの中に散らばっています。担当が替わると、同じ調べものを一からやり直します。
資料にまとめ、拾い、AIが書き、職員と先生が確かめる
仕組みは4つの段でできています。
1. まとめる:よく聞かれる質問と答え方を、回答資料にする。 過去の回答から、よく聞かれる質問を選び、1つずつ次の形でまとめます。
- 質問(顧問先がよく使う言い方で)
- 答え方(一般的な考え方と、顧問先に確かめることの一覧)
- 根拠(条文、国税庁や年金事務所などの公式の案内の名前)
- 最後に確かめた日と、確かめた人
- 改正の予定があれば、その時期
2. 拾う:金額や申告の判断にかかわる質問は、決まった言葉で先生に回す。 ここはAIの仕事ではありません。決まった言葉の一覧で拾い、先生に回します。
- 金額や税額の計算にかかわるもの(「いくら」「何円」「税額」)
- 申告や届け出の判断にかかわるもの(「申告」「修正」「届け出」「期限を過ぎ」)
- 税務署や労働基準監督署からの連絡にかかわるもの(「調査」「通知が来た」)
- 顧問先の事業の大きな変化(「法人にしたい」「人を解雇」「相続」)
3. 下書きする:それ以外の質問に、AIが回答資料から返事を書く。 AIに、届いた質問と、回答資料のうち関係する項目を渡し、返事を下書きさせます。返事には、どの回答資料の項目を使ったかと、その根拠を必ず添えさせます。回答資料にない質問には、「確認してお返事します」とだけ書かせます。
4. 確かめて送る:職員が顧問先の事情に合わせて確かめ、送る。 職員が、その顧問先の業種や規模、過去のやり取りに照らして、下書きが合っているかを確かめます。迷ったものは先生に確かめます。先生に回った質問には、先生が答えを決めます。
回答資料をスキルにし、拾い出しと古さの確かめはAIの外に置く
この仕組みが毎回同じ質で回るかどうかは、AIに渡す決まりと、AIの外の仕組みで決まります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
回答資料と返事の型を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、次のものをスキルにします。
- 回答資料:質問、答え方、根拠、確かめた日
- 返事の型:結論、理由と根拠、顧問先に確かめたいこと、の順で書く
- 事務所の言葉づかい:先生が実際に書いた返事の見本を3つ
- 書いてはいけないこと:回答資料にない答え、個別の金額や税額、申告の判断、ほかの顧問先のこと
拾い出しと資料の古さの確かめは、AIの外に置く。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、金額や申告の言葉を一覧で拾って先生に回すこと、下書きに書かれた根拠が回答資料の項目と一致しているかを照らすこと、確かめた日が古い項目や改正の時期を過ぎた項目に印を付け、その項目を使った下書きには「資料が古い」と表示することが、それに当たります。AIは、学んだ時点の古い制度のまま書くことがあります。答えの中身は、事務所が確かめた回答資料からだけ取ります。
守秘義務があるので、使う道具と入れる情報を決めておく
親の記事で触れたとおり、AIを使う前に、事務所の決まりを2つ置きます。
- 使う道具は、入力した内容をAIの学習に使わない法人向けの契約に限る。 Anthropic社は、個人向けのプランでは利用者が学習への利用を選べる一方、法人向けの契約にはその扱いは当てはまらないと明記しています
- 入れる情報の範囲を決める。 顧問先の名前や個人番号、給与の額は、AIに渡す前に伏せます。顧問先の事情を照らすのは、職員がAIの外で行います
制度の改正があったときに、関係する顧問先にだけお知らせを送る方法は、制度改正のお知らせを関係する顧問先にだけ送る。士業事務所のAIの使い方で説明しています。改正に合わせて回答資料も直すと、両方が同じ中身でそろいます。
職員の仕事は、調べることから確かめることになる
仕組みが入ると、顧問先の質問への返事は次のように変わります(想定です)。
| 今まで | 仕組みが入ったあと | |
|---|---|---|
| 調べもの | 質問のたびに資料と過去の回答を探す | 回答資料から下書きが出る |
| 返事の根拠 | 職員によって書いたり書かなかったり | 必ず根拠が添えてある |
| 古い制度 | 気づかずに答えることがある | 古い項目に印が付く |
| 個別の判断 | 職員が迷いながら答えることがある | 決まった言葉で拾って先生に回る |
| 担当が替わったとき | 調べものをやり直す | 回答資料がそのまま使える |
経営への効果は、人を増やさずに顧問先を増やせること
効果は、前提を置いて計算します。仮に、1件の質問に返すのに20分かかっていたものが、下書きを確かめて送る8分になれば、1件12分が浮きます。月100件の質問がある事務所なら月20時間、1時間あたりの人件費を仮に3,000円として月約6万円分です。
ただ、大きいのは時間だけではありません。返事が早く、根拠がそろっていれば、顧問先は事務所を頼りにし続けます。職員1人が受け持てる顧問先の数が増えれば、人を増やさずに顧問先を増やせます。月次の報告の作り方は、試算表からAIが月次報告を書き、顧問先に選ばれ続ける方法で説明しています。
費用は作る費用が中心で、AIの利用料は月300円ほど
作る順番と、かかる日数
- よく聞かれる質問を選び、回答資料にまとめる(事務所:先生と職員、2〜3日。最初は30項目ほどから)。ここがいちばん大事です
- 拾う言葉の一覧と、返事の型と、書いてはいけないことを決める(事務所:先生、半日)
- 届いた質問を一覧にし、拾う言葉で振り分ける仕組みを作る(作る人、1人日)
- AIの下書きと、根拠の照らし合わせと、古い項目の印を作る(作る人、1.5人日)
- 1か月、職員1人で試して直す(作る人、0.5人日)
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計3人日です。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の事務所での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 1件の返事の下書きごとにかかる | 月100件で300円ほど(下の計算) |
| メール・表計算 | すでに使っているもの | 追加0円の想定 |
| 保守 | 回答資料の更新(改正のたび) | 月1時間 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。1件あたり質問と回答資料の項目とスキルで6,000トークンを読ませ、800トークンを書かせると見積もると、0.02ドル、1ドル150円で約3円です。月100件で300円ほどです。
何か月で取り戻せるか
取り戻すまでの月数 = 作る費用 ÷(月に浮く金額 − 毎月の費用)
仮に作る費用が18万円、毎月の費用(利用料と保守の時間)を約3,300円とすると、月約6万円分が浮く事務所でおよそ3.2か月です。職員が数人の事務所なら、回答資料と返事の型をスキルにして、事務所で契約したAIのチャットに質問を貼って下書きさせるやり方で十分です。そのときも、金額や申告の判断は先生が決める決まりは同じです。
必要な人は3役で、個別の判断をするのは先生
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| 確かめて送る人 | 担当の職員 | 下書きを顧問先の事情に照らして確かめ、送る | 1件8分 |
| 判断する人 | 先生 | 回ってきた質問に答える。回答資料を確かめ、改正のたびに直させる | その都度 |
| 作る人 | 事務所の詳しい人か、外の作り手 | 振り分け、下書き、照らし合わせを作る | 最初の3人日 |
いちばん大事なのは、回答資料を改正のたびに直すことです。古い回答資料から下書きが出れば、速く間違えることになります。
1か月で回答資料が回り始め、半年で返事の速さの変化が分かる見込み
どこまでいけるかは、回答資料の項目がどれだけそろうかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 最初の1か月 | 職員1人で試す。「確認してお返事します」になった質問を回答資料に足す |
| 3か月 | 回答資料が増え、よく聞かれる質問のほとんどに下書きが出る |
| 半年 | 返事までの日数と、職員1人あたりの顧問先の数を、仕組みの前と比べられる |
効果を確かめるには、次の3つを記録します。
- 質問から返事までの日数:件ごとに記録します
- 先生に回った質問の数と中身:拾う言葉と回答資料を見直す材料にします
- 職員1人あたりの顧問先の数:半年ごとに比べます
回答資料にないことや個別の判断をAIに任せると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 回答資料にないことをAIが答える。 資料にない質問は「確認してお返事します」にし、資料に足してから答えます
- 金額や申告の判断をAIの下書きのまま送る。 決まった言葉で拾って先生に回します
- 回答資料を改正のたびに直さない。 確かめた日と改正の時期を書き、古い項目に印が付くようにします
- 顧問先の名前や個人番号をそのままAIに渡す。 渡す前に伏せ、顧問先の事情を照らすのは職員がAIの外で行います
まとめ
- よく聞かれる質問と答え方を、根拠と確かめた日をつけて回答資料にまとめる
- 金額、申告や届け出の判断、税務署などからの連絡、事業の大きな変化にかかわる質問は、決まった言葉で拾って先生に回す
- それ以外は、AIが回答資料から根拠つきで返事を下書きし、職員が顧問先の事情に照らして確かめて送る
- 使う道具は学習に使わない法人向けの契約に限り、顧問先の名前や個人番号は伏せてから渡す
- 費用は作る費用が中心で、作る側の目安は3人日。AIの利用料は月300円ほど