制度改正のお知らせを関係する顧問先にだけ送る。士業事務所のAIの使い方
この記事では、士業事務所のAI活用で、人を増やさずに顧問先を増やす方法の「制度改正のお知らせは、AIが顧問先ごとの影響をまとめる」を、仕組みとして作る方法を説明します。
一言でいうと、制度が変わったら、職員が公式の資料で中身と、関係する会社の条件を確かめる。顧問先の一覧から、条件に当てはまる会社を表で絞る。AIが、顧問先ごとに何が変わるかの一言とお知らせを下書きし、職員が確かめて関係する顧問先にだけ送るという形です。全員に同じ文面を送って読まれずに終わっていたお知らせを、自分のことだと分かる連絡に変えます。
全員に同じお知らせを送ると、関係する顧問先にも読まれない
多くの小さな士業の事務所では、制度改正のお知らせが次のように送られています。
- 改正の資料を読み、事務所のお知らせの文を1つ書く
- 顧問先の全員に、同じ文面をメールか郵便で送る
- 顧問先の多くは「うちに関係あるのか分からない」まま読み流す
- 関係する顧問先から、締切の直前になって慌てた相談が来る
全員に同じ文を送るのは、職員の手間を減らすためです。ただ、自分に関係するかが分からないお知らせは、読まれません。関係する顧問先ほど、早く知って準備したかったはずです。
例として、インボイスの経過措置は2026年10月から7割になった
例として、2026年10月の変化を見ます。弥生と山田&パートナーズの解説によると、令和8年度税制改正で、登録番号のない免税事業者からの仕入れで差し引ける消費税の割合は、2026年9月までの8割から、2026年10月1日から2年間は7割になり、その後も段階的に縮んでいきます。
この改正が関係するのは、免税事業者からの仕入れや外注がある、課税事業者の顧問先です。免税事業者の外注先が多い顧問先にとっては、納める消費税が増える話です。一方で、そうした取引のない顧問先には、ほとんど関係がありません。
全員に同じ文面を送るより、関係する顧問先に「御社は外注先に免税事業者が多いので、10月からの消費税の負担が変わります」と一言添えて送るほうが、読まれ、相談につながります。なお、個々の顧問先への扱いは、国税庁の資料と顧問先の取引で必ず確かめます。
確かめ、表で絞り、AIが一言を書き、職員が送る
仕組みは4つの段でできています。
1. 確かめる:改正の中身と、関係する条件を公式の資料で読む。 職員が、改正の公式の資料を読み、次の2つを書き出します。
- 改正の中身(いつから、何が、どう変わるか)
- 関係する顧問先の条件(「課税事業者で、免税事業者からの仕入れや外注がある」など)
ここはAIに任せません。改正の中身と関係する条件は、事務所の専門の判断です。
2. 絞る:顧問先の一覧から、条件に合う会社を表で絞る。 ここは表の仕事です。
- 顧問先の一覧に、業種、従業員数、決算月、課税事業者かどうか、免税事業者との取引の有無のような項目を入れておきます
- 書き出した条件に合う顧問先を、表の絞り込みで選びます
- 一覧の項目では分からない顧問先には印をつけ、担当の職員が確かめます
3. 下書きする:AIが顧問先ごとの一言とお知らせを書く。 AIが、改正の中身と、顧問先ごとの一覧の情報から、「御社にとって何が変わるか」の一言と、お知らせの文を下書きします。改正の中身の説明は、職員が書き出した文をそのまま使い、AIに書き換えさせません。
4. 送る:職員が確かめて、関係する顧問先にだけ送る。 担当の職員が下書きを読み、顧問先の状況と合っているかを確かめて送ります。相談が必要そうな顧問先には、面談の案内も添えます。
事務所の書き方をスキルにし、改正の中身と判定はAIの外で持つ
この仕組みが毎回同じ質で回るかどうかは、AIに渡す決まりと、AIの外の仕組みで決まります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
事務所の書き方を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、次のものをスキルにします。
- お知らせの型:御社への一言、改正の中身(職員が書いた文)、いつまでに何をするか、相談の案内の順番
- 事務所の言葉:顧問先への呼びかけ方、署名
- 書いてはいけないこと:税額や保険料の具体的な見込み、申告や手続きの判断、改正の中身の言い換え、顧問先の不安をあおる言い方
改正の中身と、関係するかどうかの判定は、AIの外で持つ。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、改正の中身を職員が公式の資料で書き出すこと、関係する顧問先を表の絞り込みで選ぶこと、一覧で分からない顧問先を職員が確かめることがそれに当たります。どの顧問先に関係するかを、AIに判断させることはしません。
守秘義務があるので、顧問先の情報は伏せて渡す
親の記事で触れたとおり、士業には法律で守秘義務が定められています。たとえば税理士法第38条は、税理士が正当な理由なく、業務に関して知り得た秘密を漏らしたり盗用したりすることを禁じています。
この仕組みでAIに渡すのは、顧問先の名前ではなく番号と、業種や取引の有無のような項目だけにします。顧問先の名前は、AIの下書きができたあとに、職員が差し込みます。使う道具は、入力をAIの学習に使わない法人向けの契約に限ります。
経営への効果は、お知らせが相談と追加の仕事につながること
効果は、前提を置いて計算します。仮に、関係する顧問先が50社の改正で、1社ずつ一言を考えて送ると1社10分かかっていたものが、下書きを確かめて送る3分になれば、1社7分、50社で約6時間が浮きます。職員の1時間あたりの人件費を仮に3,000円として、1回の改正で約1万7,500円分です。
ただ、この仕組みの価値は時間だけではありません。これまでは手間がかかるので全員に同じ文を送っていたところを、関係する顧問先にだけ、その会社向けの一言を添えて送れるようになります。自分に関係あるお知らせは読まれ、相談につながります。改正への対応は、顧問料とは別の仕事になることもあります。顧問先にとっては「この事務所は、うちのことを分かって連絡してくれる」と感じる場面になり、契約を続ける理由になります。毎月の報告の作り方は、試算表からAIが月次報告を書き、顧問先に選ばれ続ける方法で説明しています。
費用は作る費用が中心で、AIの利用料は1回の改正で80円ほど
作る順番と、かかる日数
- 顧問先の一覧の項目と、お知らせの型を決める(事務所:所長と職員、半日)。改正のたびに使う項目(課税かどうか、従業員数、決算月、外注の有無)を決めます。ここがいちばん大事です
- 顧問先の一覧を整える(事務所:職員、1〜2日)。担当の職員が、顧問先ごとの項目を埋めます
- 条件で絞り込み、名前を番号に置き換える仕組みを作る(作る人、1人日)
- AIの一言とお知らせの下書き、職員への届け方を作る(作る人、1人日)
- 次の改正で、試して直す(作る人、0.5人日)
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計2.5人日です。
改正ごとの費用
| 費用 | 中身 | 想定の事務所での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 1社の一言とお知らせの下書きごとにかかる | 50社で80円ほど(下の計算) |
| 表計算・メール | すでに使っているもの | 追加0円の想定 |
| 保守 | 一覧の項目と型の更新 | 改正ごとに1時間 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。1社あたり改正の中身と一覧の情報とスキルで3,000トークンを読ませ、500トークンを書かせると見積もると、0.011ドル、1ドル150円で約1.7円です。50社で80円ほどです。
何回の改正で取り戻せるか
取り戻すまでの回数 = 作る費用 ÷(1回に浮く金額 − 1回の費用)
仮に作る費用が15万円、1回の費用(利用料と保守の時間)を3,000円とすると、1回に約1万7,500円分が浮く事務所でおよそ10回の改正です。時間だけで見ると取り戻すまでに時間がかかるので、お知らせから生まれる相談と追加の仕事に価値を感じるかで決めます。顧問先が30社ほどの事務所なら、一覧の項目とお知らせの型だけ作り、職員が事務所で契約したAIのチャットに、番号に置き換えた一覧を貼って下書きするやり方で十分です。
必要な人は3役で、判断するのは所長と職員
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| 改正を読む人 | 所長か担当の職員 | 公式の資料で中身と関係する条件を書き出す | 改正ごとに |
| 確かめて送る人 | 担当の職員 | 下書きを顧問先の状況と照らし、送る | 1社3分 |
| 作る人 | 事務所の詳しい人か、外の作り手 | 絞り込み、置き換え、下書き、届け方を作る | 最初の2.5人日 |
いちばん大事なのは、顧問先の一覧を新しく保つことです。決算月や従業員数、取引の様子が変わったら、担当の職員が一覧を直します。
1回目の改正で型がそろい、1年で相談の変化が分かる見込み
どこまでいけるかは、顧問先の一覧がどれだけ整うかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 1回目の改正 | 関係する顧問先を絞り、一言を添えて送る。直したところを型に足す |
| 半年 | 税と社会保険の改正のたびに使う形が定まる |
| 1年 | お知らせのあとの相談の数と、改正への対応で受けた仕事を、仕組みの前と比べられる |
効果を確かめるには、次の3つを導入の前と後で比べます。
- お知らせにかかる時間:職員の時間を記録します
- お知らせのあとの相談の数:返信や電話の数を数えます
- 改正への対応で受けた仕事:顧問料とは別に受けた仕事を記録します
判定や税額の見込みをAIに任せると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 関係するかどうかをAIに判定させる。 条件は職員が公式の資料で決め、表で絞ります
- 税額や保険料の見込みをAIに書かせる。 具体的な金額は、顧問先の数字で職員が計算します。お知らせには書かせません
- 改正の中身をAIに言い換えさせる。 言い換えのときに意味が変わることがあります。職員が書いた文をそのまま使います
- 顧問先の名前をそのままAIに渡す。 番号に置き換えてから渡します
決め方は、社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールの考え方がそのまま使えます。
まとめ
- 制度が変わったら、職員が公式の資料で改正の中身と関係する条件を書き出す
- 顧問先の一覧から、条件に合う会社を表で絞る。関係するかの判定はAIにさせない
- AIが顧問先ごとに何が変わるかの一言とお知らせを下書きし、職員が確かめて関係する顧問先にだけ送る
- 顧問先の名前は番号に置き換えて渡し、使う道具は学習に使われない法人向けの契約に限る
- 費用は作る費用が中心で、作る側の目安は2.5人日。AIの利用料は1回の改正で80円ほど。効果は相談の数と追加の仕事で確かめる