AI×業種

士業事務所のAI活用で、人を増やさずに顧問先を増やす方法

この記事では、職員10〜50人ほどの税理士事務所・社労士事務所などの士業の事務所で、AIが効く業務を4つ挙げ、それぞれが経営の何に効くかを説明します。一言でいうと、顧問先1件ごとにかかっている「読む・まとめる・書く」の時間をAIで縮め、同じ職員の数で担当できる顧問先を増やすという話です。その結果、人が採れなくても顧問先を増やせ、月額の顧問料の中で残る利益も増えます。申告書や手続きの判断そのものをAIに任せることは、後回しどころか、任せるべきではありません。

AIの価値は、先生の判断を代わりにすることではありません。判断の前と後にある、資料を読む・顧問先に分かる言葉にする手間を引き取り、職員が判断と顧問先との対話に時間を使えるようにすることです。

経営への効果は、同じ人数で担当できる顧問先が増えること

4つの業務と、それぞれが経営の何に効くかを先にまとめます。

業務 AIで変わること 経営効果 始めやすさ
顧問先からの質問への返事 事務所の回答資料をもとに、AIが返事の下書きを作る 業務の無駄(調べる時間が減る)/売上(返事が速くなり信頼が増す) 始めやすい
書類の読み取り 領収書や請求書、届いた書類をAIが読み、入力の下書きにする 人手不足(入力の時間が減る) 少し準備が要る
月次の報告 試算表や勤怠の変化をAIが読み、顧問先向けのコメントを下書きする 売上(報告の質が上がり、相談が増える) 始めやすい
制度改正のお知らせ 改正の資料をAIが読み、顧問先ごとの影響をまとめる 売上(追加の相談につながる) 始めやすい
申告や手続きの判断 判断そのものをAIに任せる ー 任せない
士業事務所でAIが効く4つの業務と経営効果。質問への返事は業務の無駄、書類の読み取りは人手不足、月次の報告と制度改正のお知らせは売上に効く。申告や手続きの判断はAIに任せない
士業事務所でAIが効く4つの業務と経営効果。質問への返事は業務の無駄、書類の読み取りは人手不足、月次の報告と制度改正のお知らせは売上に効く。申告や手続きの判断はAIに任せない

士業の事務所の売上は、多くが月額の顧問料です。顧問料は決まっているので、1件の顧問先にかかる職員の時間が減るほど、利益が残ります。そして職員の数が同じでも、1人が担当できる顧問先の数が増えれば、売上そのものが増えます。人が採りにくい今、ここが一番効くところです。

効果の大きさは、次の式で考えられます。

月に浮く時間 = 顧問先の数 × 1件あたりの月の作業の減る時間

仮に、顧問先100件で、質問への返事・月次の報告・お知らせの作業が1件あたり月に30分減れば、月50時間が浮きます。職員1人が1件に月4時間かけているなら、新たに12件ほどを担当できる時間です。

職員の時間は、判断の前後の読む・書く作業で埋まっている

士業の事務所の職員の1日を振り返ると、専門の判断をしている時間より、その前後の作業の時間が長いことに気づきます。

  • 顧問先から届いた質問のメールを読み、制度の資料や過去の回答を調べて返事を書く
  • 届いた領収書や書類を読み、会計ソフトや手続きの画面に入力する
  • 月次の試算表や勤怠の記録を見て、顧問先に送るコメントを書く
  • 制度が変わるたびに、どの顧問先に関係するかを調べ、お知らせを書く

どれも、職員がやらないと顧問先へのサービスが落ちる仕事です。そして、どれも「読む」「まとめる」「書く」が中心で、AIが得意とするところです。

守秘義務があるので、使う道具と入れる情報を先に決める

ここで、AIの話の前に、士業の事務所で必ず押さえることを確かめておきます。

士業には、法律で守秘義務が定められています。たとえば税理士法第38条は、税理士が正当な理由なく、業務に関して知り得た秘密を漏らしたり盗用したりすることを禁じ、税理士でなくなったあとも同じとしています。社労士など、ほかの士業の法律にも同じような定めがあります。

だから、AIを使う前に、次の2つを事務所の決まりにします。

  1. 使う道具は、入力した内容をAIの学習に使わない法人向けの契約に限る。 たとえば Anthropic 社は、個人向けのプランでは利用者が学習への利用を選べる一方、法人向けの契約にはその扱いは当てはまらないと明記しています。職員が個人の無料アカウントを使わない決まりも、あわせて作ります
  2. 入れる情報の範囲を決める。 顧問先の名前や個人番号、給与の額などを、そのまま入れてよい業務と、伏せてから入れる業務と、入れない業務に分けます

決め方は、社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールの考え方がそのまま使えます。守秘義務への配慮は、使うかどうかの判断ではなく、どう使うかの決まりとして先に置きます。

顧問先からの質問は、事務所の回答資料からAIが返事を下書きする

今のやり方。 「この経費は落とせますか」「パートの社会保険はどうなりますか」といった質問に、職員が制度の資料や過去の回答を探して返事を書きます。1件20分ほどかかり、繁忙期は返事が数日遅れます。

AIを入れたあと。 事務所でよく聞かれる質問と、その答え方をまとめた回答資料を用意し、届いた質問と一緒にAIに渡して返事の下書きを作らせます。職員は、その顧問先の事情に合っているかを確かめ、必要なら先生の判断を仰いで送ります。

経営への効果。 調べる時間が減り、返事が速くなります。顧問先にとって、質問にすぐ答えてくれる事務所は頼りがいがあり、顧問契約を続ける理由になります。

つまずきどころ。 制度の一般論はAIでも下書きできますが、その顧問先にどう当てはまるかの判断は、必ず職員と先生がします。AIは古い制度のまま書くことがあるので、回答資料は改正のたびに更新します。問い合わせへの返事の仕組みは、メール返信をAIが自動で下書きし、問い合わせに当日中に返す方法で詳しく説明しています。

届いた書類は、AIが読んで入力の下書きにする

今のやり方。 顧問先から届く領収書、請求書、通帳のコピー、従業員の届け出の書類を、職員が1枚ずつ読んで入力します。書式がばらばらで、手書きも混ざります。

AIを入れたあと。 書類の画像やPDFをAIに読ませ、日付・相手先・金額・内容などの項目を表の形で書き出させます。職員は、書き出された内容を原本と見比べ、勘定科目や手続きの区分を判断して入力します。

経営への効果。 入力の時間が減り、繁忙期の残業が減ります。同じ職員の数で、より多くの顧問先の記帳や手続きを受けられます。

つまずきどころ。 AIの読み取りには間違いがあります。金額と日付は、必ず原本と見比べる決まりにします。勘定科目の判断はAIに任せず、職員が決めます。読み取りの仕組みの考え方は、FAX注文の入力ミスと手間をAIで減らす方法が参考になります。

月次の報告は、試算表の変化からAIがコメントを下書きする

今のやり方。 毎月、顧問先の試算表や勤怠の記録を見て、「売上が前年より何%増えた」「この経費が増えている」といったコメントを書いて送ります。顧問先の数が多いと、1件ごとのコメントが短く、決まり文句になりがちです。

AIを入れたあと。 試算表の数字をAIに渡し、「前月・前年同月と比べて大きく変わった項目と、考えられる理由の候補を、経営者に分かる言葉で書いて」と頼みます。職員は、数字が合っているかを確かめ、顧問先の事情を知っている自分の一言を足して送ります。

経営への効果。 報告の質が上がり、顧問先の社長が数字の変化に早く気づけます。「この経費、どうすればいいか」という相談が増えれば、顧問料以外の仕事にもつながります。

つまずきどころ。 AIが書く「理由の候補」は推測です。顧問先の事情を知らないまま理由を言い切ると、的外れな助言になります。理由は候補として書かせ、職員が確かめます。この仕組みの組み方・費用・必要な人・半年後までの見込みは、試算表からAIが月次報告を書き、顧問先に選ばれ続ける方法で詳しく説明しています。

制度改正のお知らせは、AIが顧問先ごとの影響をまとめる

今のやり方。 税制や社会保険の制度が変わるたびに、改正の資料を読み、どの顧問先に関係するかを調べ、お知らせを書きます。全員に同じ文面を送ることが多く、読まれずに終わります。

AIを入れたあと。 改正の資料と、顧問先の業種・従業員数・決算月などの一覧をAIに渡し、「この改正が関係する顧問先と、それぞれに何が変わるかを一言で」まとめさせます。職員は内容を確かめ、関係する顧問先にだけ、その会社向けの一言を添えて送ります。

経営への効果。 自分に関係あるお知らせだけが届くので、顧問先が読み、相談につながります。改正への対応は、顧問料とは別の仕事になることもあります。

つまずきどころ。 改正の内容そのものは、公式の資料で必ず確かめます。AIの要約だけで顧問先に案内しません。

申告や手続きの判断は、AIに任せない

最後に、AIに任せない業務をはっきりさせておきます。

  • 申告書や手続きの最終的な判断。 間違えたときの責任は事務所と先生にあり、顧問先の事情を踏まえた判断は人にしかできません
  • 顧問先への最終的な助言。 AIの下書きは材料にとどめ、助言は先生の言葉で伝えます
  • 税務調査や労務トラブルの対応。 相手との交渉や、事実の確かめが中心で、AIに任せる部分はほとんどありません

AIで浮いた時間は、まさにこうした判断と対話に回すための時間です。

頼み方をスキルにし、数字と制度は原本で確かめる点検を置く

職員が何人もいる事務所では、AIへの頼み方も職員ごとにばらばらになりがちです。事務所として使うなら、誰が頼んでも同じ質で出る工夫が要ります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。

事務所の答え方を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。士業の事務所なら、「回答の書き方(結論、根拠、顧問先がすること)」「使わない言い切り(必ず〜できます、など)」「先生に回すべき質問の見分け方」に、良い回答の見本を加えておきます。新人の職員でも、ベテランと同じ形で下書きを確かめられます。Anthropic 社の説明では、Claude のアプリ(Pro・Max・Team・Enterprise)などで使えます。

数字と制度は、AIの外の決まりで確かめる。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。士業の事務所では、AIが書き出した金額・日付を原本と照らすことと、制度の説明を公式の資料と照らすことを、AIへの指示とは別の決まりとして置きます。「必ず」「できます」などの言い切りの言葉が下書きにあれば、先生が確かめるまで送らない、という点検も効きます。

始める順番は、間違えても顧問先に届く前に直せる仕事から決める

4つのうち、どれから始めるかは、次の基準で決めます。

  1. 顧問先に届く前に、職員が確かめられるか:下書きを直してから送れる仕事から
  2. 毎月の量が多いか:顧問先の数だけ繰り返す仕事ほど、浮く時間が大きい
  3. 材料がそろっているか:回答資料、試算表、顧問先の一覧が手元にあるか
  4. 個人情報を伏せて使えるか:伏せても成り立つ仕事から始める

多くの事務所では、制度改正のお知らせと月次の報告のコメントが、この4つを満たします。次に質問への返事、書類の読み取りは、入れる情報の決まりを固めてからにします。

費用は、法人向けプランの月数千円から始められる

最初は、法人向けのAIのプランで、チャットの画面に資料を渡して使うだけで試せます。費用は1人あたり月数千円です。職員全員に用意する前に、2〜3人で試します。

書類が届いたら自動で読み取る、質問が届いたら自動で下書きを作る、といった仕組みにする場合は、作る費用が加わります。費用の考え方は、AI導入にいくらかかる?月数千円から試せて、元が取れるかも先に分かるにまとめています。

効果は、職員1人あたりの担当顧問先の数で測る

業務ごとに、次の数字を始める前と後で比べます。

業務 測る数字
質問への返事 1件の返事にかかる時間、返事までの日数
書類の読み取り 1か月分の入力にかかる時間、入力の間違いの件数
月次の報告 1件のコメントにかかる時間、報告のあとの相談の件数
制度改正のお知らせ お知らせのあとの相談・追加の依頼の件数
全体 職員1人あたりの担当顧問先の数、繁忙期の残業時間

いちばん大事なのは、職員1人あたりの担当顧問先の数です。ここが増えれば、人を増やさずに売上が伸びています。

まとめ

  • 士業の事務所のAI活用は、顧問先1件ごとの「読む・まとめる・書く」の時間を縮め、同じ職員の数で担当できる顧問先を増やすことに効く
  • 守秘義務があるので、入力を学習に使わない法人向けの契約に限り、入れる情報の範囲を先に決める
  • AIが効くのは、顧問先からの質問への返事、書類の読み取り、月次の報告、制度改正のお知らせの4つ
  • 申告や手続きの判断、顧問先への最終的な助言は、AIに任せない
  • 事務所の答え方をスキルにまとめ、数字と制度は原本と公式の資料で確かめる点検を置く
  • まずは制度改正のお知らせと月次の報告のコメントから、2〜3人で試す

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