卸の営業の訪問記録を車の中で終える。話したメモからAIが記録と提案の候補を下書き
この記事では、小さな卸売会社の事務をAIで減らす。受注の入力と値上げの案内から始めるの「営業の訪問記録は、話したメモからAIが下書きする」を、仕組みとして作る方法を説明します。
一言でいうと、営業が取引先を回ったあと、車の中でスマホに話したメモを残す。取引先の名前、過去の注文、新しい品目は台帳から入れる。AIが訪問記録と、次に提案できそうな品目の候補を下書きし、営業が確かめて直して台帳に残すという形です。夕方に会社へ戻ってから書いていた訪問記録を、移動の合間に終わらせます。
卸売会社の利益は、取引先ごとの細かな提案で守られる
親の記事で触れたとおり、経済産業省が2026年3月に行った調査では、中小企業の受注側で、価格交渉が行われた割合は90.7%でしたが、コスト上昇分のうち価格に乗せられた割合は54.2%でした(企業実務サポートの解説でも同じ数字が示されています)。上がった分の半分ほどしか価格に乗せられていません。
値上げだけで利益を守るのが難しいなかで、卸売会社にできることの1つは、取引先の困りごとや変化をつかみ、扱う品目を広げてもらうことです。そのもとになるのが、営業が取引先で聞いた話の記録です。
今は訪問記録が、夕方に思い出して書くか、書かずに終わっている
多くの小さな卸売会社では、営業の訪問記録が次のように書かれています。
- 営業が1日に何軒も取引先を回る
- 夕方に会社に戻り、その日の訪問を思い出しながら日報を書く
- 疲れている日は「訪問、特になし」と短く書くか、書かずに終わる
- 取引先が話していたこと(新しいメニュー、在庫の心配、店主の交代)が記録に残らない
記録が残らないと、営業が休んだり辞めたりしたときに、取引先との経緯が引き継げません。取引先が話していた困りごとが、提案につながらないまま忘れられます。
話し、台帳から入れ、AIが書き、営業が残す
仕組みは4つの段でできています。
1. 話す:訪問のあと、車の中でスマホに話す。 取引先を出たら、次の訪問先へ向かう前に、車を止めてスマホに1分ほど話します。
- どの取引先の、誰と話したか
- 話したこと(「来月から新メニューで〇〇を使う」「〇〇の在庫が切れないか気にしていた」)
- 頼まれたこと、約束したこと(「来週サンプルを持っていく」)
2. 確かめる:取引先の名前と過去の注文と新しい品目は台帳から入れる。 ここは台帳と表の仕事です。
- 取引先の正しい名前と担当者は、台帳から入れます
- その取引先の過去の注文(よく買う品目、最近増えた品目、止まった品目)を、受注の記録から表にします
- 会社で新しく扱い始めた品目の一覧を、台帳から入れます
3. 下書きする:AIが訪問記録と提案の候補を書く。 AIが、話したメモと表から、決まった形の訪問記録を下書きします。あわせて、話の中身と過去の注文と新しい品目の一覧を照らして、次に提案できそうな品目の候補を挙げます。
4. 残す:営業が確かめて直し、台帳に残す。 営業が下書きを読み、話した内容と合っているかを確かめて直します。約束したことは、期限と一緒に表に入れます。提案の候補は、営業が使えると思ったものだけを次の訪問の準備に回します。
記録の型と品目の一覧をスキルにし、値段と約束はAIの外で持つ
この仕組みが毎回同じ質で回るかどうかは、AIに渡す決まりと、AIの外の仕組みで決まります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
記録の型と品目の知識を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、次のものをスキルにします。
- 訪問記録の型:取引先、話した相手、話したこと、困りごと、頼まれたこと、次にすること
- 品目の知識:品目ごとの使い道、よく一緒に買われる品目、季節の品目
- 会社の言葉:品目の呼び方、取引先の業態の分け方
- 書いてはいけないこと:値段や値引きの約束、メモにない約束、取引先の内情の推測
値段と約束は、AIの外で持つ。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、取引先の名前と過去の注文を台帳から入れること、約束を期限と一緒に表に入れること、値段の話を記録に書かせないことがそれに当たります。値段は営業と上司が決め、見積は単価の表から作ります。
提案の候補は、営業が判断する材料にとどめる
AIが挙げる提案の候補は、あくまで材料です。
- 「新メニューで〇〇を使う」という話から、〇〇に合う調味料や包材を挙げる
- 「在庫が切れないか気にしていた」という話から、発注の頻度を増やす提案や、代わりの品目を挙げる
- 過去に買っていて最近止まった品目に気づかせる
どれを提案するかは、取引先の様子を知っている営業が決めます。営業が使わなかった候補と、その理由を記録すれば、品目の知識が育ちます。欠品のときの連絡の作り方は、欠品が分かったその日に取引先へ知らせる。在庫と受注からAIで連絡を下書きで説明しています。
営業の仕事は、話して、確かめることになる
仕組みが入ると、訪問記録は次のように変わります(想定です)。
| 今まで | 仕組みが入ったあと | |
|---|---|---|
| 書く時間 | 夕方に会社で思い出して書く | 車の中で1分話す |
| 中身 | 「特になし」で終わることがある | 話したことと困りごとが残る |
| 取引先の名前と注文 | 書き写すか書かない | 台帳から入る |
| 約束 | 手帳に書いたまま忘れることがある | 期限と一緒に表に入る |
| 引き継ぎ | 営業の頭の中だけ | 記録で引き継げる |
経営への効果は、取引先の変化を提案につなげること
効果は、前提を置いて計算します。仮に、1件の訪問記録を書くのに10分かかっていたものが、話して下書きを確かめる2分になれば、1件8分が浮きます。営業3人で月200件なら月約27時間、1時間あたりの人件費を仮に2,500円として月約6万7,000円分です。
ただ、この仕組みの価値は時間だけではありません。取引先が話していた困りごとが記録に残れば、次の訪問で提案につなげられます。値上げだけで利益を守りにくい卸売会社にとって、扱う品目を広げてもらうことは、利益を守るもう1つの方法です。営業が休んだり辞めたりしても、取引先との経緯が記録で引き継げます。訪問のあとのお礼の作り方は、訪問のお礼をその日に送る。担当者の一言からAIが下書きする仕組みで説明しています。
費用は作る費用が中心で、AIの利用料は月360円ほど
作る順番と、かかる日数
- 訪問記録の型と、書いてはいけないことを決める(会社:社長と営業の上司、半日)。ここがいちばん大事です
- 取引先の台帳と、品目の一覧と、受注の記録を書き出せるようにする(会社:事務、半日〜1日)
- 話したメモを受け取り、台帳から名前と過去の注文を入れる仕組みを作る(作る人、1人日)
- AIの訪問記録と提案の候補の下書き、営業への届け方を作る(作る人、1人日)
- 1か月、営業1人で試して直す(作る人、0.5人日)
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計2.5人日です。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の会社での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 1件の訪問記録の下書きごとにかかる | 月200件で360円ほど(下の計算) |
| スマホ・台帳 | すでに使っているもの | 追加0円の想定 |
| 保守 | 型と品目の知識の更新 | 月1時間 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。1件あたりメモと表とスキルで3,000トークンを読ませ、600トークンを書かせると見積もると、0.012ドル、1ドル150円で約1.8円です。月200件で360円ほどです。
何か月で取り戻せるか
取り戻すまでの月数 = 作る費用 ÷(月に浮く金額 − 毎月の費用)
仮に作る費用が15万円、毎月の費用(利用料と保守の時間)を2,900円とすると、月約6万7,000円分が浮く会社でおよそ2.4か月です。営業が1〜2人の会社なら、記録の型だけ作り、営業が会社で契約したAIのチャットに話したメモを貼って下書きさせるやり方で十分です。
必要な人は3役で、提案を決めるのは営業
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| 話して確かめる人 | 営業 | 訪問のあとに話し、下書きを確かめて直す | 1件2分 |
| 見る人 | 営業の上司か社長 | 記録と約束の表を週に一度見る | 週30分 |
| 作る人 | 社内の詳しい人か、外の作り手 | 台帳からの差し込み、下書き、届け方を作る | 最初の2.5人日 |
いちばん大事なのは、訪問のたびに車を止めて話す習慣です。あとでまとめて話すと、夕方に書くのと同じになります。
1か月で型がそろい、半年で提案の変化が分かる見込み
どこまでいけるかは、メモがどれだけ残るかと、品目の知識がどれだけ育つかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 最初の1か月 | 営業1人で試す。直したところを型に足す |
| 3か月 | 営業の全員に広がる。約束の表が回り始める |
| 半年 | 記録の件数と、提案から注文につながった品目の数を、仕組みの前と比べられる |
効果を確かめるには、次の3つを導入の前と後で比べます。
- 訪問記録にかかる時間:営業の時間を記録します
- 記録の中身:「特になし」の記録が減ったかを見ます
- 提案から注文につながった品目の数:取引先ごとに数えます
値段や約束をAIに書かせると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 値段や値引きの話を記録に書かせる。 値段は営業と上司が決め、見積は単価の表から作ります
- メモにない約束をAIが書く。 約束はメモにあるものだけにし、営業が確かめます
- 提案の候補をそのまま使う。 取引先の様子を知っている営業が選びます
- 取引先の名前をメモの書き方のまま残す。 台帳の名前と照らします
取引先の情報は、外に出してはいけない情報です。会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランで扱い、社内の決まりに書いておきます。決め方は社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています。
まとめ
- 営業が取引先を回ったあと、車の中でスマホに1分話して残す
- 取引先の名前、過去の注文、新しい品目は台帳から入れ、約束は期限と一緒に表に入れる
- AIが訪問記録と、次に提案できそうな品目の候補を下書きし、営業が確かめて直して残す。提案を決めるのは営業
- 値段や値引きの話はAIに書かせない
- 費用は作る費用が中心で、作る側の目安は2.5人日。AIの利用料は月360円ほど。営業が少ない会社は型とチャットで十分