農作業の手順をやさしい日本語と母国語で渡す。代表の話からAIが手順書を下書き
この記事で変わる経営指標
この記事では、小さな農業法人の事務をAIで減らす。人が減っても出荷と販売を回すの「働き手への説明は、やさしい日本語と母国語でAIが下書きする」を、仕組みとして作る方法を説明します。
一言でいうと、代表が作業の手順と注意を話して残す。機械の安全の決まりは社内の一覧から入れる。AIが、国のガイドラインに沿ったやさしい日本語の手順書と、働き手の母国語の訳を下書きする。代表が手順と安全の注意を確かめ、分かる人に訳を読んでもらい、実際の作業で伝わったかを確かめるという形です。口で何度も伝えていた手順を、見返せる紙やスマホの手順書にします。
働き手が減り、法人として人を雇う形が増えている
親の記事で触れたとおり、農林水産省の統計によると、基幹的農業従事者は2020年の136.3万人から2025年は103.6万人に減りました(農林業センサス)。一方で、2025年の農林業センサスでは、法人の経営体は5年前より10.1%増えたとされています。
家族だけで営む農家が減り、法人として人を雇う形が増えています。雇う人の中には、農業が初めての人も、日本語を母語としない人もいます。作業の手順や注意を、誰にでも伝わる形で渡すことが、法人の経営そのものになっています。
今は手順が代表の口頭で伝えられ、伝わったかが分からない
多くの小さな農業法人では、作業の手順が次のように伝えられています。
- 代表やベテランが、畑や作業場で口頭で説明する
- 新しい人は、その場で覚えようとするが、全部は覚えられない
- 日本語を母語としない人は、分かったふりをしてしまうことがある
- 同じ説明を何度も繰り返し、伝わっていなかったことでやり直しやけがが起きる
口頭の説明は、言った側は伝えたつもりでも、受け取った側に残っていないことがあります。
国のガイドラインでは、文を短く、ふりがなをつけ、伝わるか確かめる
出入国在留管理庁と文化庁は、2020年8月に「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を作っています。日本に住む外国人に情報を伝えるとき、多言語で翻訳・通訳するほかに、やさしい日本語を使うことが有効だとしています。
ガイドラインでは、次の3つのステップで文を作ることを勧めています。
- まず、日本語を母語とする人にも分かりやすい文章にする
- 言葉をやさしく書き換え、漢字にふりがなをつけて、外国人にも分かりやすくする
- 作った文を、日本語教師や外国人に確かめてもらい、伝わるかどうかを確かめる
そのうえで、一文は短くする(一文に言いたいことは1つだけ)、二重否定を使わない、尊敬語や謙譲語は使わず敬語は丁寧語だけにする、漢字の量に注意してふりがなをつける、といった工夫が挙げられています。
この工夫をAIへの決まりにしておけば、やさしい日本語の手順書を毎回同じ質で下書きできます。
話し、決まりを入れ、AIが書き、作業で確かめる
仕組みは4つの段でできています。
1. 話す:代表が作業の手順と注意を話して残す。 畑や作業場で、代表がスマートフォンに向かって話して残します。
- 作業の順番(「収穫したら、すぐ日陰のコンテナに入れる」)
- 気をつけること(「傷のあるものは別のかごに分ける」)
- やってはいけないこと(「機械が動いているときは刃に手を近づけない」)
2. 確かめる:機械の安全の決まりは社内の一覧から入れる。 ここは決まりの仕事です。
- 機械ごとの安全の決まり(止めてから掃除する、手袋をする)は、社内で決めた一覧から入れます。話の中で抜けていても、一覧から必ず入れます
- 農薬を扱う作業の注意は、代表が使っている農薬の表示とラベルに従って書き、AIに考えさせません
3. 下書きする:AIがやさしい日本語の手順書と母国語の訳を書く。 AIが、話の記録と安全の決まりから、ガイドラインに沿ったやさしい日本語の手順書を下書きします。一文に1つのことだけを書き、手順に番号をつけ、漢字にふりがなをつけます。外国から来た働き手には、その人の母国語の訳も添えます。
4. 確かめる:代表が確かめ、訳を読んでもらい、作業で伝わったかを見る。 代表が、手順と安全の注意が正しいかを確かめます。母国語の訳は、その言葉が分かる人(同じ国の先輩、地域の国際交流の窓口など)に読んでもらいます。最後に、働き手に手順書を見ながら実際に作業してもらい、伝わったかを確かめます。
ガイドラインの工夫をスキルにし、安全の決まりはAIの外で持つ
この仕組みが毎回同じ質で回るかどうかは、AIに渡す決まりと、AIの外の仕組みで決まります。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
ガイドラインの工夫と手順書の型を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。ここでは、次のものをスキルにします。
- やさしい日本語の決まり:一文に1つのこと、二重否定を使わない、敬語は丁寧語だけ、漢字にふりがな
- 手順書の型:作業の名前、使う道具、手順(番号つき)、気をつけること、やってはいけないことの順番
- 農場の言葉:畑や作業場の呼び方、作物や道具の名前と、その言い換え
- 書いてはいけないこと:話にない手順、農薬の量や使い方の判断、安全の決まりを省くこと
安全の決まりと、訳の正しさの確かめは、AIの外で持つ。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。ここでは、機械の安全の決まりを社内の一覧から必ず入れること、農薬の注意を表示とラベルに従わせること、母国語の訳を分かる人に読んでもらうことがそれに当たります。AIの訳は、言葉によって不自然になったり、意味がずれたりすることがあります。安全に関わるところほど、人の目で確かめます。
代表の仕事は、話して、確かめて、作業を見ることになる
仕組みが入ると、作業の伝え方は次のように変わります(想定です)。
| 今まで | 仕組みが入ったあと | |
|---|---|---|
| 伝え方 | 口頭で何度も | 見返せる手順書がある |
| 言葉 | 代表の普段の言葉 | ガイドラインに沿ったやさしい日本語 |
| 母国語 | なし | 訳を添え、分かる人が確かめる |
| 安全の注意 | 言い忘れることがある | 社内の一覧から必ず入る |
| 伝わったか | 分かったふりで終わることも | 手順書を見ながらの作業で確かめる |
経営への効果は、教える手間を減らし、やり直しとけがを防ぐこと
効果は、前提を置いて計算します。仮に、1つの作業の手順書を代表が一から作るのに2時間かかっていたものが、話して確かめる30分になれば、1本1時間半が浮きます。月4本なら月6時間、代表の1時間あたりの人件費を仮に3,000円として月1万8,000円分です。
ただ、この仕組みの価値は時間だけではありません。手順書があれば、同じ説明を何度も繰り返す手間が減ります。伝わっていなかったことによるやり直しが減り、何より、機械や農薬の扱いでのけがを防ぐことにつながります。働き手が「この農場は分かるように教えてくれる」と感じれば、長く働いてもらう助けにもなります。日々の作業の記録の仕組みは、去年の今ごろの作業が分かる。話した一言からAIが農作業日誌を整える仕組みで説明しています。
費用は作る費用が中心で、AIの利用料は1本5円ほど
作る順番と、かかる日数
- 機械の安全の決まりの一覧と、農場の言葉の言い換えを作る(農場:代表、半日)。ここがいちばん大事です
- 手順書の型と、訳を確かめてくれる人を決める(農場:代表、1時間)
- 話の記録を受け取り、安全の決まりを入れる仕組みを作る(作る人、0.5人日)
- AIのやさしい日本語の下書きと訳、代表への届け方を作る(作る人、0.5人日)
- 1か月、収穫の作業1つで試して直す(作る人、0.5人日)
作る費用
作る費用 = 作る人の日数(人日)× 1日あたりの単価
上の手順3〜5で、作る側の目安は合計1.5人日です。
毎月の費用
| 費用 | 中身 | 想定の農場での目安 |
|---|---|---|
| AIの利用料 | 1本の手順書と訳の下書きごとにかかる | 1本5円ほど、月4本で20円ほど(下の計算) |
| スマートフォン・印刷 | すでに使っているもの | 追加0円の想定 |
| 保守 | 安全の決まりと言い換えの更新 | 月30分 |
AIの利用料は、読ませた量と書かせた量で決まります。2026年10月7日時点のAnthropic社のClaude(Sonnet 5.5)の公式料金は、読ませる量100万トークン(AIが文字を数える単位)あたり2ドル、書かせる量100万トークンあたり10ドルです。1本あたり話の記録とスキルで3,000トークンを読ませ、手順書と訳で3,000トークンを書かせると見積もると、0.036ドル、1ドル150円で約5.4円です。
何か月で取り戻せるか
取り戻すまでの月数 = 作る費用 ÷(月に浮く金額 − 毎月の費用)
仮に作る費用が9万円、毎月の費用(利用料と保守の時間)を1,500円とすると、月1万8,000円分が浮く農場でおよそ5か月です。働き手が数人の農場なら、やさしい日本語の決まりと安全の一覧だけ作り、代表が会社で契約したAIのチャットに話の記録を貼って下書きするやり方で十分です。
必要な人は3役で、安全を確かめるのは代表
| 役 | 誰が | すること | 時間 |
|---|---|---|---|
| 話して確かめる人 | 代表かベテラン | 手順と注意を話し、下書きの手順と安全を確かめる | 1本30分 |
| 訳を読む人 | その言葉が分かる人 | 母国語の訳が正しく伝わるかを読む | 1本15分 |
| 作る人 | 社内の詳しい人か、外の作り手 | スキル、安全の決まりの差し込み、届け方を作る | 最初の1.5人日 |
いちばん大事なのは、手順書を渡して終わりにせず、実際の作業で伝わったかを確かめることです。ガイドラインでも、作った文が伝わるかを確かめることが最後のステップになっています。
1か月で型がそろい、半年でやり直しの変化が分かる見込み
どこまでいけるかは、安全の一覧と言い換えがどれだけ育つかで決まります。目安は次のとおりです。
| 時期 | 見込み |
|---|---|
| 最初の1か月 | 収穫の作業1つで試す。働き手に分かりにくかった言葉を言い換えに足す |
| 3か月 | 主な作業の手順書がそろう |
| 半年 | 同じ説明を繰り返した回数と、やり直しやけがの件数を、仕組みの前と比べられる |
効果を確かめるには、次の3つを導入の前と後で比べます。
- 手順書づくりと説明にかかる時間:代表の時間を記録します
- やり直しの件数:伝わっていなかったことで作業をやり直した件数を数えます
- けがやヒヤリとしたこと:起きたこととその作業を記録します
安全の注意や訳をAIに任せきると失敗する
作る側から見て、よくある失敗は次の4つです。
- 安全の決まりをAIの下書きに任せる。 話の中で言い忘れても、社内の一覧から必ず入れます
- 農薬の使い方をAIに書かせる。 農薬の量や使い方は、表示とラベルに従って代表が書きます
- 母国語の訳を確かめずに渡す。 AIの訳は意味がずれることがあります。分かる人に読んでもらいます
- 手順書を渡して終わりにする。 実際の作業で伝わったかを確かめます
働き手の情報は、大事な個人の情報です。会社で契約した、入力をAIの学習に使わないプランで扱い、社内の決まりに書いておきます。決め方は社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールにまとめています。ベテランの技能を手順書に残す考え方は、町工場の例ですがベテランの技能をAIで手順書に残し、新人を早く一人立ちさせる方法で説明しています。
まとめ
- 代表が作業の手順と注意を話して残し、機械の安全の決まりは社内の一覧から必ず入れる
- AIが国のガイドラインに沿ったやさしい日本語の手順書を下書きする。一文に1つのこと、二重否定を使わない、敬語は丁寧語だけ、漢字にふりがな
- 母国語の訳も添え、その言葉が分かる人に読んでもらう。農薬の使い方は表示とラベルに従い代表が書く
- 手順書を見ながらの実際の作業で、伝わったかを確かめる
- 費用は作る費用が中心で、作る側の目安は1.5人日。AIの利用料は1本5円ほど。小さな農場はチャットで十分