小さな卸売会社の事務をAIで減らす。受注の入力と値上げの案内から始める
この記事では、社員が十数人ほどの小さな卸売会社や商社で、AIをどこに使うと効くかを説明します。一言でいうと、値上げの案内と見積、欠品と納期の連絡、FAXやメールの受注の入力、営業の訪問記録の4つの「書く仕事」をAIの下書きに任せ、単価と在庫と数量は表と計算で持つという話です。
AIの価値は、何を仕入れて何を売るかを決めることではありません。事務と営業が毎日抱えている入力と連絡の時間を減らし、取引先と話す時間と、仕入れ先と交渉する時間を増やすことです。卸売会社の利益は、メーカーと小売のあいだで、細かな情報を早く正確に回せるかで決まります。
経営への効果は、入力と連絡が減り取引先と話す時間が増えること
4つの業務と、それぞれが経営の何に効くかを先にまとめます。
| 業務 | AIで変わること | 経営効果 | 始めやすさ |
|---|---|---|---|
| 値上げの案内と見積 | 単価表の変更から、取引先ごとの案内文と見積の説明をAIが下書きする | 売上(仕入れ値の上昇を価格に乗せられる) | 始めやすい |
| 欠品と納期の連絡 | 在庫と入荷予定から、取引先ごとの連絡と代わりの品の提案をAIが下書きする | 売上(取引先が離れにくい) | 始めやすい |
| 受注の入力 | FAXやメールの注文書をAIが読み、受注の表に「確認待ち」で入れる | 業務の無駄(事務の入力が減る) | 少し準備が要る |
| 営業の訪問記録 | 営業が話したメモから、訪問記録と次の提案の下書きをAIが作る | 人手不足(営業の引き継ぎが楽になる) | 始めやすい |
| 自動発注・需要予測 | 発注の数をAIに決めさせる | 準備と責任が大きい | 後回しでいい |
効果の大きさは、次の式で考えます。
月に戻る時間 = 業務ごとの(今の時間 − AIを使ったあとの時間)の合計
仮に、社員15人ほどの卸売会社で、月に次の量があるとします。
| 業務 | 月の量 | 今 | AIを使ったあと | 浮く時間 |
|---|---|---|---|---|
| 値上げの案内と見積 | 20件 | 1件30分(10時間) | 1件10分(約3.3時間) | 約6.7時間 |
| 欠品と納期の連絡 | 60件 | 1件10分(10時間) | 1件3分(3時間) | 7時間 |
| 受注の入力 | 1,200件 | 1件3分(60時間) | 1件1分(20時間) | 40時間 |
| 営業の訪問記録 | 200件 | 1件10分(約33.3時間) | 1件3分(10時間) | 約23.3時間 |
合わせて、月に約77時間です。いちばん大きいのは受注の入力で、事務の担当者の時間がまとまって空きます。営業の訪問記録が短くなれば、営業は1日に回れる取引先を増やせます。
仕入れ値の上昇を価格に乗せるのは、卸売会社には特に難しい
卸売会社は、メーカーからの値上げを受け、それを小売や飲食店などの取引先に伝える立場にあります。
経済産業省が2026年3月に行った調査(約7万社が回答)によると、中小企業の受注側で、**価格交渉が行われた割合は90.7%でしたが、コスト上昇分のうち価格に乗せられた割合は54.2%**でした(企業実務サポートの解説でも同じ数字が示されています)。交渉はしていても、上がった分の半分ほどしか価格に乗せられていません。
卸売会社は扱う品目と取引先の数が多いため、値上げのたびに、取引先ごとに影響する品目を洗い出し、案内文と新しい見積を作る仕事が一度に押し寄せます。これが追いつかないと、仕入れ値だけが上がり、利益が削られます。
もう1つは配送です。2024年4月からトラックの運転手の時間外労働に年960時間の上限がかかり、何も対策しなければ2030年度に営業用トラックの輸送能力が34.1%不足するおそれがあるという試算があります(近畿運輸局の資料、LOGISTICS TODAY の報道、経団連の資料)。注文の締め時間や納品の回数を取引先と相談する場面が増え、その連絡の手間も増えています。
値上げの案内と見積は、単価表の変更からAIが下書きする
AIに頼むこと。 仕入れ値の変更と、新しい販売単価の表(計算で出したもの)、取引先ごとの取引の品目を渡し、取引先ごとの値上げの案内文と、見積の説明の下書きを作ってもらいます。値上げの理由(原材料、物流費、人件費)と、いつから、どの品目が、どれだけ上がるかを書きます。 人がすること。 営業が、単価と時期を確かめ、取引先との関係を考えて言い回しを直して送ります。 何が変わるか。 取引先の数だけ一から書いていた案内が、確かめて直す仕事になり、値上げの時期に間に合います。
単価と上がる額は、AIに計算させません。単価表から計算で出し、案内文に差し込みます。取引先ごとの値上げの資料をまとめて作る仕組みは、取引先40社の値上げ資料を1週間でそろえる。単価表からAIで作る仕組みで、交渉の考え方は取引先に値上げを受け入れてもらう方法。根拠の資料をAIで作るで説明しています。
欠品と納期の連絡は、在庫と入荷予定からAIが下書きする
AIに頼むこと。 在庫が足りない品目、入荷が遅れている品目と、それを注文している取引先の一覧(表から計算で出したもの)を渡し、取引先ごとの連絡と、代わりに出せる品の提案を下書きしてもらいます。 人がすること。 営業が、入荷の予定日と代わりの品の在庫を確かめて送ります。 何が変わるか。 欠品が分かったその日のうちに、取引先に連絡が届きます。取引先は、欠品そのものより、連絡が遅いことに不満を持ちます。早い連絡と代わりの提案があれば、ほかの卸に注文を移されにくくなります。毎朝、計算で洗い出して下書きが届く仕組みの作り方と費用は、欠品が分かったその日に取引先へ知らせる。在庫と受注からAIで連絡を下書きで説明しています。
注文の間隔が延びている取引先に気づく方法は、取引先の注文が止まる前に気づく。毎月の売上からAIが知らせる仕組みで説明しています。
受注の入力は、FAXやメールの注文書をAIが読み、人が確かめる
AIに頼むこと。 FAXやメールで届いた注文書(画像やPDF)をAIが読み、取引先、品番、数量、納品日を抜き出して、受注の表に「確認待ち」で1行ずつ入れてもらいます。 計算で行うこと。 品番が商品の一覧にあるか、数量がいつもの注文と比べて極端でないか、納品日が締めの時間に間に合うかを照らし、怪しい行は赤くします。 人がすること。 事務の担当者が、赤い行から原本と見比べて確定します。 何が変わるか。 1件3分かかっていた入力が、確かめる1分になります。月に数百件、数千件の注文がある卸売会社ほど効果が大きくなります。
FAXの注文書を読み取る仕組みの作り方は、町工場の例ですが、FAX注文の入力ミスと手間をAIで減らす方法。月33時間の作業が10時間にで説明しています。
営業の訪問記録は、話したメモからAIが下書きする
AIに頼むこと。 営業が取引先を回ったあと、車の中でスマホに話したメモ(「〇〇店、来月から新メニュー。〇〇の在庫を気にしていた」)から、訪問記録の下書きと、次に提案できそうな品目の候補を作ってもらいます。 人がすること。 営業が確かめて直し、記録に残します。 何が変わるか。 夕方に会社に戻ってから書いていた訪問記録が、移動の合間に終わります。記録が残るので、営業が休んだり辞めたりしても、取引先との経緯が引き継げます。
売れる営業のやり方を記録から社内に広げる方法は、売れる営業のやり方をAIで社内に広げ、新人を早く戦力にする方法で説明しています。
自動発注と需要予測は後回しでいい
AIで何でもできそうに見えても、次の2つは後回しをすすめます。
- 発注の数をAIに決めさせる。 発注の数を間違えると、在庫が余るか、欠品が出ます。過去の出荷の記録が整っていないうちにAIに任せると、外れたときの理由が分かりません。まずは、出荷の記録を表で整え、計算で発注の目安を出すところから始めます
- 取引先ごとの値引きをAIに決めさせる。 値引きは、取引先との関係と利益の判断です。AIは、過去の取引の材料をそろえる役にとどめます
まずは、間違えても人がすぐに気づけて直せる、書く仕事から始めます。
品目の言葉をスキルにし、単価と在庫と数量はAIの外で持つ
ここまでの使い方は、1回ずつ頼んだ場合です。社員のみんなが毎日使うなら、もう一段の工夫で、誰が使っても同じ質の文が出るようにします。作る側から見ると、ここが「AIを使う」と「使いこなす」の差です。
品目の言葉と案内の型を Skills にまとめる。 Skills(スキル)は、AIに渡す手順書・見本・道具を1つにまとめたものです。頼まれた内容に合うときにAIが自動で読み込むので、毎回同じ説明をしなくても、AIの働きが安定します。卸売会社なら、「品番と品名の対応、取引先ごとの呼び方」「値上げの案内の型(理由、時期、品目、連絡先)」「欠品の連絡の型(お詫び、入荷予定、代わりの品)」「訪問記録の形」を、良い見本と一緒にスキルにしておきます。
単価と在庫と数量は、AIの外で持つ。 AIそのもの以外の、指示・道具・点検の仕組みを設計することを、ハーネスエンジニアリングと呼ぶことがあります。卸売会社では、新しい単価と上がる額を単価表から計算すること、欠品の品目と注文している取引先を在庫と受注の表から計算で出すこと、受注の品番と数量を商品の一覧やいつもの注文と照らすことがそれに当たります。取引先に伝える単価と数量と日付は、AIの文をそのまま使いません。
始める順番は、毎日の量が多く、間違えても直せる仕事から決める
4つのうち、どれから始めるかは、次の基準で決めます。
- 毎日の量が多いか:毎日の入力や連絡ほど、浮く時間が大きい
- 間違えても直せるか:取引先に出す前に、人が確かめて直せる仕事から
- 材料がそろっているか:単価表、在庫の表、商品の一覧など、AIに渡すものがすでにあるか
- 社員が面倒だと感じているか:面倒な仕事ほど、使ってもらえる
多くの卸売会社では、欠品と納期の連絡と、営業の訪問記録が始めやすい仕事です。受注の入力は、注文の数が多いほど効果が大きい一方、商品の一覧と照らす仕組みが要るので、準備をしてから進めます。
費用は、法人向けプランの月数千円から始められる
最初は、AIのチャットの画面に、単価表や在庫の表、話したメモを渡して使うだけで試せます。費用は、入力した内容をAIの学習に使わない法人向けプランの利用料で、1人あたり月数千円です。まずは営業の数人と事務の担当者の分だけで十分です。
FAXやメールの注文書を自動で読んで受注の表に入れる、といった仕組みにする場合は、作る費用が加わります。費用の考え方は、AI導入にいくらかかる?月数千円から試せて、元が取れるかも先に分かるにまとめています。
取引先の名前、単価、取引の量は、会社の大事な情報です。社内のルールは先に決めておきます。社員が安心してAIを使える会社にする、A4で1枚の社内ルールが参考になります。
効果は、事務の入力時間と、値上げの反映までの日数で測る
業務ごとに、次の数字を始める前と後で比べます。
| 業務 | 測る数字 |
|---|---|
| 値上げの案内と見積 | 仕入れ値が上がってから、取引先への案内を出し終えるまでの日数 |
| 欠品と納期の連絡 | 欠品が分かってから、取引先に連絡するまでの時間 |
| 受注の入力 | 1件の入力にかかる時間、入力の誤りの件数 |
| 営業の訪問記録 | 1件の記録にかかる時間、営業1人あたりの1日の訪問件数 |
| 全体 | 事務と営業の残業の時間、粗利の率 |
いちばん大事なのは、「値上げの反映までの日数」と「粗利の率」です。仕入れ値が上がってから販売価格に反映するまでが遅れるほど、その間の利益が削られます。
最初の1か月は、欠品の連絡と訪問記録だけ試す
- 営業の数人と事務の担当者の分の法人向けプランを用意する
- 1週目は、欠品が出た品目について、取引先ごとの連絡と代わりの品の提案をAIに下書きさせる。入荷の予定日は人が確かめる
- 2週目からは、営業が訪問のあとに話したメモから、訪問記録の下書きを作らせる
- 1か月の終わりに、連絡と記録にかかった時間を、始める前と比べる
- 効果があれば、品目の言葉と案内の型をスキルにまとめ、値上げの案内と受注の入力に広げる
まとめ
- 小さな卸売会社では、値上げの案内と見積、欠品と納期の連絡、受注の入力、営業の訪問記録の4つでAIが効く。仮に社員15人ほどの会社なら、月に約77時間が事務と営業の手に戻る
- 2026年3月の国の調査では、価格交渉が行われた割合は90.7%でも、コスト上昇分を価格に乗せられたのは54.2%。値上げの案内を早く正確に出すことが、卸売会社の利益を守る
- 単価、在庫、数量は表と計算で持ち、AIにはその数字をもとにした言葉だけを書かせる
- 自動発注と値引きの判断は後回しにする
- 最初の1か月は、欠品の連絡と営業の訪問記録だけを試す